「ダイバーシティ導入は組織にマイナスに作用することもある」――ダイバーシティ推進に舵を切ったばかりの企業にとっては、驚きの話だ。これは人事担当者向けに開催された、ダイバーシティ・シンポジウム基調講演でのひとコマ。早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授による、ダイバーシティを成功に導くための組織のあり方をレポートする。

※この内容は2016年3月4日に開催された「日本企業にダイバーシティ経営は必要か?」(主催:株式会社チェンジウェーブ)での講演内容を元に構成したものです。

2種のダイバーシティ「タスク型」「デモグラフィー型」

さまざまな企業から人事、ダイバーシティ担当が参集した、チェンジウェーブ主催のダイバーシティ・シンポジウム。基調講演に加え、参加者同士の意見交換など、経営学としてのダイバーシティのあり方に、会場は時間を延長して盛り上がった。

ここにお集まりの皆さんは人事部の方が中心ですから、ダイバーシティを進めるために日々ご苦労されていることでしょう。しかし、そもそもなぜダイバーシティは大事なのでしょうか。

ダイバーシティというのは私の専門の経営学における重要なテーマです。欧米には40年ほど前からの研究結果が大量に蓄積されています。それらの研究を通して世界の経営学者が、「これはほぼ間違いないだろう」と認めたことがあります。

それは、ダイバーシティには2種類あるということです。

1つは「タスク型のダイバーシティ」。これはその人の能力や知識、過去の経験や価値観など、目に見えない内面の多様性です。

もう1つが「デモグラフィー型のダイバーシティ」。こちらは性別や国籍、年齢など属性の多様性です。タスク型が目に見えない内面の多様性であるのに対して、こちらは見ただけで分かる外見についての多様性だといえるでしょう。

前者の「タスク型のダイバーシティ」は、組織のパフォーマンスにプラスだということが分かっています。なぜならこれだけ変化が激しい世界ですから、企業も新しい知恵を出してイノベーションを起こしていかなければなりません。ここでいうイノベーションとは、なにも世紀の大発明に限りません。地道な改善や、小さな工夫の積み重ねなども含まれます。

問題は、どうすればイノベーションを起こせるかです。これも世界標準の経営学では既に答えが出ています。イノベーションというのは、「新しい知」を生み出すことですが、これは言い換えれば、今ある「既存の知」と「別の既存の知」を新しく組み合わせることです。

多様な人々を組織に取り込み、イノベーションを起こす

人間は全くのゼロから何かを生み出すことはなかなかできませんから、組み合わせるしかない。これは、イノベーションの父と言われたジョセフ・シュンペーターが1934年に「新結合」という言葉で説明した、もっとも根本的な原理です。

ところが、人間はどうしても近くのものしか目に入らないので、目の前のものだけを組み合わせてしまう。これでは本当のイノベーションは起きません。自分からなるべく離れた遠くの知を探して、それを自分が持っている知と組み合わせなければならない。

ではどうすればいいのか。そのための有力な手法の1つが、組織をダイバーシティ化することです。多様な考え方や知識や経験をもった人々を組織に取り込み、知と知の新しい組み合わせを起こすことが、イノベーションを起こすために一番手っ取り早いのです。

問題は“ダイバーシティには2種類ある”ということです。イノベーションを起こすのはタスク型のダイバーシティであって、デモグラフィー型のダイバーシティは、実は組織にとってマイナスになることもあるのです。

なぜなら人間は、最初はどうしても見た目から入ります。その人の内面をよく知るには時間がかかるので、無意識に「この人は男」「この人は女」とグループ分けしてしまう。気付いたら男性グループと女性グループに分かれて行動するようになり、フォルトライン(組織の断層)ができて、衝突が起きてしまう。

多くの場合、タスク型のダイバーシティを進めればデモグラフィー型のダイバーシティも進むのですが、後者を強引に進めることにはマイナス効果があるということを念頭において、それを徹底的に取り除くことが重要になります。

デモグラフィー型ダイバーシティのマイナス面を解消する方法

参加者には入山准教授から4つの問いが投げられた。課題設定やスタートラインは各社さまざまだ。女性活躍推進に係る情報を得ようと、会場は熱気を帯びていた。

それではどうすればデモグラフィー型のマイナス面を解消できるでしょうか。

まずは徹底した意識の植え付けです。マイノリティーへの偏見を徹底的に取り除くこと。世界で最もイノベーティブな企業といわれているグーグルは、スタンフォード大学の心理学の研究者と組んで、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を取り除くための研修を徹底的に行っています。

もう1つの方法は、「フォルトライン(組織の断層)理論」というものを応用する方法です。例えば男性と女性という対立軸があるところへ、アメリカ人やフランス人が入ってくるとどうなるでしょうか。日本人と外国人という対立軸ができます。そこへさらに高齢者や障害者を入れてみるとどうでしょう。対立軸は複数になります。

そうなると人間はわけが分からなくなって、逆に認知の壁が下がるのです。男性と女性というように軸が1つしかない場合は、男か女かの認知で区別してしまう。しかしさまざまな人が加わると、断層効果が弱まり、コミュニケーションが円滑に進むのです。

やるなら徹底的に、対立軸を複数にするのがポイント

ですからダイバーシティを取り込むなら、徹底的にやらなければいけません。女性を増やすことももちろん大事ですが、それだけでなく、年配の人が多い会社なら若い人を入れるとか、日本人ばかりなら外国人も入れるなどすべきです。そうすれば男と女という軸が取り払われるので、デモグラフィー型のマイナス効果がなくなり、タスク型のプラス効果が強くなります。逆に言えば、中途半端なダイバーシティ化では、本当のダイバーシティのプラス効果は得られないということです。

今、ダイバーシティという言葉が先行しています。しかしダイバーシティは取り扱いを間違えると、逆効果になることもある。あなたの会社では、何のためにダイバーシティをやるのか。ダイバーシティは本当にタスク型になっているか。もしかしたら形だけ整えた、デモグラフィー型のダイバーシティになっていないか。そこを改めて考えていただければと思います。

入山章栄(いりやま・あきえ)
慶應義塾大学経済学部卒業。米ピッツバーグ大学経営大学院博士号取得。三菱総合研究所、ニューヨーク州立大学バッファロー校助教授を経て、2013年9月より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』。