会議で紅一点だと発言しづらい、声が大きい人が勝つ……。男職場にありがちな、そんな現象はマツダにはなさそうなのだ。誰もが感じたことを主張できるマツダの風土とは?

左から福原千絵氏、伊東景子氏、古川千尋氏、宇多川 舞氏、芦原友惟奈氏、石川美代子氏。北海道で開かれた「輝く女性のためのドライビング取材会」にマツダの女性技術陣が集結した。

「誰もが意のままに車を動かせる」女性視点も大事にするエンジン開発

この日、2015年7月13日の北海道・上川地方はあいにくの雨。晴れた日は色鮮やかな、富良野・美瑛のラベンダー畑も、何だかしょんぼりしている。

そんな悪天候でも、2月に発売されたマツダ「CX-3」を運転する伊東景子氏は取材に対応しつつ、走行診断器の5点満点で4.5点以上を記録し、北の大地を軽快に走る。それもそのはず、伊東氏は同社の「走り全般」を担当する開発エンジニアなのだ。

開発・評価ドライバーの社内資格で、男性でも取得がむずかしい「A」ライセンスを持ち、試作車のテスト時には時速200kmの高速走行も行う。

「大学時代は先生から、『危険な実験だから女の子はやめなさい』と言われ、リスクの伴う実験をできないことがあり悔しい思いをしてきました。でもマツダは『女性に危ないことは男性にも危ない。だったらどう改善できるか』。そんな発想をする会社なのです」

パワートレイン開発本部 走行・環境性能開発部 伊東景子氏。1980年生まれ、2006年入社。デミオ、アクセラ、CX-3などを担当してきた。1児の母。「時速200kmテスト走行。妊娠中も試作車のテストを続けました」

そんな伊東氏だが、運転免許の取得は23歳の大学院時代と早くはなかった。カーマニアでもなく、就職活動では航空会社や橋げたをつくる会社も回った。運転技術を磨いたのは入社してから。

「同期の男性はクルマ好きが多くて、最初から運転テクニックも高いんです。私は負けず嫌いなので、練習を重ねてライセンスを取得しました。でも最初はスピード走行で泣きそうになったことも。同乗の教官に『(アクセルを)踏めーっ!』と言われるのですが、怖くて、怖くて」

1歳7カ月の男児のママでもある伊東氏。ドイツ出張中に妊娠が判明し、関西国際空港に帰国した足で産婦人科に行ったという。妊娠中も希望して試作車のテストを続けた。

6年前から「女性視点タスク活動」にも関わる。「女性は男性に比べて、運転に恐怖心を抱く傾向にあることがわかりました。バックでの駐車や高速合流がその代表例。不安を解消するためのポイントは、クルマを意のままに動かせること。力をかけずに軽く操作できたほうがいいというわけではないのです。その視点を大切に開発をしています」

ドイツ駐在で知った労働時間への意識

長く男性社会だった自動車開発の世界にも、女性が進出し続けている。1999年入社の福原千絵氏は「音」のスペシャリストで、2005年には自動車技術会「浅原賞」も受賞した。

車両開発本部 NVH性能開発部 福原千絵氏。1974年生まれ、99年入社。2005年、自動車技術会「浅原賞」受賞。音のスペシャリスト。 「女性エンジニアで初めてドイツ駐在。前例を気にしない会社なんです」

「アクセルを踏んで加速したり、減速したり、クルマの運転では何らかの音が出ます。『ドライバーが心地よいと感じるものは何か?』からスタートし、人間の感性や運転する環境を考えながら、静粛性やエンジンサウンドといった音響開発をしています」

2015年5月に発売された白の「ロードスター」を運転しながら話す福原氏は、同年のGWまでドイツに駐在していた。駐在は自ら希望。それ以前の2週間のドイツ出張で、アウトバーンなど自然な環境の中で実験を繰り返し、音響開発への意識が変わったからだ。

「日本では社内テストコースなど、特定の環境での実験が多かった。欧州の一般道で徹底調査すれば、もっとお客さまのためになると思ったのです」

帰国した翌週に個人面談があり、ドイツ駐在を希望したら、ちょうどポストに空きがあり登用された。ドイツでもテストグループの30~40人は男性ばかり。赴任時に「Congratulations!」と言われたという。

福原氏も、クルマ好きが高じて入社したのではない。学生時代は応用化学を専攻し、就活では化粧品やトイレタリーメーカーも回った。「『女性は前例がない』と言われることも多かったのですが、マツダは前例を気にしない会社。ドイツ駐在も女性エンジニアでは初めてでした」

ドイツで学んだのは、自動車先進国の視点。「2012年に発売された『アテンザ』の試作車がドイツに来たときのことです。日本本社ではほぼ出来上がっている状態でしたが、ドイツのスタッフ全員が納得いかない。『人工的な感じがする』『ドイツの名車と比べるとまだまだ』と。最初は異論も出ましたが、本社もこちらの意見に耳を傾けて修正していきました。納得いくまで造り込んだので、自信を持って発売できたのです。以来、音の開発を早い段階から一緒に進め、今ではツーカーで話せる関係です。私も、言いたいことがあれば言いますよ。でないとあとで後悔するし、やりきった感じがしません」

働き方、生き方に関する価値観の違いにも刺激を受けた。「日本では特に男性が働きすぎますよね。ドイツでは『お疲れさまでした』って言わないんです。『夕方をエンジョイしてね!』と言って帰っていく。子どもを迎えにいくので15時に退社、というのは男女を問わず普通でした」

現在は、次世代車の静粛性コンセプト・構造具現化のリーダーを務める福原氏は、開発現場に女性が増えたことで変化が起きていることを実感している。「女性はエンジニアといえど、カーマニアではない人が多い。技術のおじさんたちも素人相手に説明する機会が増え、対外的にもこれまでのような、スペック中心ではなく、わかりやすい説明をするように変わってきました」

女性初の主査、ロマンからソロバンへ

女性エンジニアのフロントランナーが竹内都美子氏だ。2015年2月1日、39歳で女性初の商品本部主査についた。開発を統括する役職で、他社ではチーフエンジニアとも呼ばれる。競合も含めて女性が担うのは珍しく、この若さで就任したのも異例だ。通常は主査スタッフを経て主査になる人が多い。上司の打診に「いきなりですか?」と聞いてしまったと笑う。

商品本部 主査 竹内都美子氏。1974年生まれ、97年入社。2011年に女性初の車種担当(デミオ)。そして2015年、女性初の商品本部主査に。「女性初の商品本部主査。見える景色がガラリと変わりました」

「仕事がガラリと変わりました。以前は与えられた条件=Givenのもとで理想のクルマを開発していたのが、売り上げ目標や予算など、会社全体の視点でGivenを決める立場になったので。上司からも『竹内のロマンはわかるが、今はソロバン100パーセントで考えろ』と言われました」

竹内氏は、伊東氏を上回る「特A」ライセンスを持ち、評価ドライバーとしてのキャリアが長い。2011年から昨年までは、デミオの車種担当として(これも女性初)性能全般を統括する立場だったが、お客さんが喜ぶいいクルマをと開発に携わってきた竹内氏にとって、主査としての仕事は全く違ったものに感じられた。

笑顔を浮かべながら続ける。「ゼロから物事を考えるのは、違うアタマを使うので大変。私は、AではなくBにしよう! とテキパキと仕切るタイプのマネジャーではなく、相手が納得するまで話を聞くタイプです。でも主査の役割は、高い売り上げ目標を掲げつつ予算を抑えること。また、まだ情報を出せない段階でも、開発を進めなくてはいけない場合もある。開発陣からは不満も出ますが、開発者の気持ちがわかる私だから言えることもある、と気持ちを切り替えました」

実は、キティちゃんファンでもある。

「デスク回りにキティグッズを置いていましたが、主査になったので減らしました(笑)。今は引き出しにしまっています」。技術陣の女性たちも、「バリバリガツガツした女性管理職のイメージからはほど遠い、女性らしいところに憧れる」と口をそろえる。