前回の連載第5回「『私にはできません』と仕事を断る部下のやる気を引き出す方法」(http://woman.president.jp/articles/-/676)では、その方法として、オープンクエスチョンやクローズドクエスチョンを使って思考や視点を広げることが重要だとお伝えしました。なぜなら、人をやる気にさせるためには、当人が「できる」と思えるように、思考や視野を広げてあげる必要があるからです。しかし、どんな質問でも人のやる気を引き出すわけではありません。今回は質問でやる気を引き出すために必要な2つの要素、「肯定的であること」と「未来志向であること」についてご紹介します。
「質問」とは諸刃の剣である
質問は、使い方によっては人を落ち込ませたり追い詰めたりしてしまいます。皆さんも過去に、質問をされて嫌な気分になったことはありませんか? 質問には問題を共有したり、やる気を引き出したりとさまざまな力がありますが、間違った使い方をすると逆効果にもなりかねません。
例えば、ある作業をできるかどうかを人に聞きたいとします。このとき、「あなたはこの作業ができますか?」といった中立的な質問であれば特に問題はありません。しかし、これが「あなたはこの作業ができないのですか?」という否定的な質問だったらどう感じますか? または、「あなたはこの作業ができなかったのですか?」というように、過去にできなかったことを確認するような質問であったら、どんな気持ちになりますか? こうした質問と、相手のやる気を引き出す質問との違いは、「肯定的」「未来志向」という2つの要素に関わっています。
「できないこと」は「できること」に言い換えて
「あなたはこの作業ができないのですか?」【否定的な質問】
この質問を手掛かりに、否定的な質問と肯定的な質問について考えてみましょう。この例では「できないこと」に焦点が合っています。このように、できていないことや理想とのギャップに対して焦点を合わせて、相手に視点を向ける質問を「否定的な質問」と呼びます。一方、できていることやできること、理想的な状態に焦点を合わせた質問は「肯定的な質問」と呼びます。上の質問を「肯定的」に言い換えると次のようになります。
「あなたができるのはどの作業ですか?」【肯定的な質問】
また、次のような言い換えもできます。
「どうしたらこの作業ができるようになりますか?」【肯定的な質問】
「この作業をできるのは誰ですか?」【肯定的な質問】
ここでの「否定的」「肯定的」というのは、言葉だけでなく質問の意図や文脈によっても左右されます。たとえば、子供のころに誰もが親に言われたであろう「宿題は終わったの?」という質問は、言葉だけ見れば中立的です。しかし、「やっていないに違いない」という思い込みと共に質問されると嫌な気持ちになるものです。また仮に、宿題が終わっていないことが周知の事実であるにもかかわらず、「できたのか?」と質問されても同様に嫌な気持ちになってしまいます。このように、たとえ言葉が同じであっても、聞こえ方によって相手に与える印象が全く異なるものになってしまいます。
人のやる気を引き出そうとするときは、相手が「できる」ことに視点を向けられるようにする必要があります。ですから、否定的な質問でやる気をそがないように気を付けましょう。人をやる気にさせるのは「肯定的な質問」なのです。ではもう1つの要素である「未来志向の質問」とやる気との関係を見ていきましょう。
やる気は未来への期待から生まれる
もう1つの要素である「未来志向」とは何を意味しているのでしょうか? この要素についても逆のパターン、つまり過去に焦点を合わせた質問を例にすると分かりやすいでしょう。過去に焦点を合わせた質問というのは、例えば「なぜ○○ができなかったのですか?」というように、過去に起こった内容を聞くような質問です。こうした質問は、事態の背景や原因を探るためにはとても有効です。しかし、「過去志向」の質問を繰り返しても、人のやる気は引き出せません。なぜなら、過去への質問とは終わったことへの質問であり、もう変えることのできないことに対するものだからです。
ここで「何か問題が起こった」という状況を想定して、過去に焦点を合わせた質問をいくつか挙げてみます。皆さんはこうした質問を聞いてどのような気持ちになりますか?
「どんな対処をしてきたのですか?」【過去志向の質問】
「どうしてこの問題は防げなかったのですか?」【過去志向の質問】
「誰がこの問題を引き起こしたのですか?」【過去志向の質問】
こうした質問はいくらでも考えられますし、普段の仕事の中でも口にしてしまいがちです。なぜこうした質問はやる気を引き出さないのでしょうか。それはやる気を引き出すために必要な「できると思える」という気持ちは、これから起こる「可能性」への期待によるものだからです。ですから、人のやる気を引き出そうとするときは、これから起こることに焦点を合わせた「未来志向」の質問が必要です。
それでは、未来志向の質問で「何か問題が起こった」状況に対しての質問を作ってみましょう。
「これから、この問題にどう対処していけばよいでしょうか?」【未来志向の質問】
「どうしたらこの問題の再発を防げるでしょうか?」【未来志向の質問】
「この問題を誰と解決していけばよいでしょうか?」【未来志向の質問】
先ほどの過去に焦点を合わせた質問と比べて、受ける印象がだいぶ違うのではないでしょうか。しかし、3つの質問の趣旨はそれぞれ同じです。それではどのように「肯定的」と「未来志向」という2つの要素を組み合わせればよいのか、具体的に考えていきましょう。
質問の受け止められ方まで注意を払う
人のやる気を引き出し、動機付けるためには「肯定的」で「未来志向」な質問を問いかける必要があると述べてきました。例えば、「否定的で過去志向な質問」を「肯定的で未来志向な質問」に言い換えると次のようになります。
「なぜこれをやらなかったのですか?」【否定的・過去志向の質問】
→「もしこれができるなら、どんなことが起こりそうですか?」【肯定的・未来志向の質問】
「どうして『できない』と思ったのですか?」【否定的・過去志向の質問】
→「できそうだと思えるのはどんなところですか?」【肯定的・未来志向の質問】
人を動機付けるためには、物事と本人との関係性に気付かせ、「できる」と思わせる必要があります。そのために必要なのは「過去のできなかったこと」に着目するのではなく、「未来のできること」に視点を移すことです。できなかったことを責めたてるのではなく、これからできることに焦点を合わせて問いかけることにより、当人が物事に対して積極的に関わるよう促せるのです。
ただ、こうした質問は、既に述べたように言葉を変えただけでは意味がありません。質問の意図やその文脈によって、同じ言葉でも全く違う捉えられ方をされることもあるのです。ですから人に対して質問するときは、言葉に気を付けると共に、相手がその質問をどのように受け取ったかを注意深く見て取ることが必要です。
これまで、6回にわたって問題を共有するための質問、そして人を動機付けるための質問についてお伝えしてきました。次回からは「チーム」で思考を共有するための質問を紹介していきます。
株式会社ラーニングデザインセンター代表取締役、日本アクションラーニング協会代表、OD Network Japan 理事、WIAL公認マスターALコーチ、青山学院大学経営学部 客員教授。
東京女子大学文理学部心理学科卒。毎日コミュニケーションズ(現:マイナビ)にて事業企画や人事調査などに責任者として携わった後、渡米。ジョージワシントン大学大学院人材開発学修士取得。マーコード教授の指導のもと、アクションラーニングの調査・研究を重ねる。帰国後、2003年株式会社ラーニングデザインセンターを設立。著書に、『質問会議』(PHP研究所)、『「チーム脳」のつくり方』(WAVE出版)、『対話流』(三省堂)、『20代で身につけたい質問力』(中経出版)。