女性管理職の争奪戦

政府が掲げる「2020年までに責任ある地位の女性を30%に」、いわゆる2030に向けて、企業の「女性管理職人材」奪い合いが、激しくなってきています。2015年4月1日には多くの女性役員が誕生しました。自社で賄える企業はいいのですが、そもそも入社15年目以上の管理職候補の人材は払底しています。そこでよそからヘッドハントしてくるしかないのです。

先日、ある会でプレゼンされた女性管理職とお名刺を交換しました。

「あのー、私来月から転職いたしますので、今後の連絡は後任の者へ……」

ええっ! 「女性活躍の顔」的な存在の方ですら、容赦なくヘッドハンティングされていくのですから、油断のできない世の中です。

友人がヘッドハントされて某企業の役員になったのですが、それを聞いて「ああ、俺も狙っていたのに」と、別の会社の社長が嘆いていました。女性管理職人材争奪戦はなかなか厳しいものがあります。

出世する男は体育会系だらけ

そこで必ず出てくるのは「数だけでいいのか?」議論。一部の女性たちからは「女性だから昇進した」と言われたくないという意見。「数だけ揃えましたという企業が増え、結局実力のない女性が昇進して、やっぱり女性はダメだったということになると女性活躍が衰退しかねない」という懸念もあります。

私はどちらかと言えば、ポジティブアクションには賛成だったのですが、先日ある経験をしてから、はっきりと賛成になりました。

大学同期で一部上場企業の雇われ役員をしている同級生の会食に同席する機会があったのです。私は慶応の出身で、慶応には一部上場企業の跡取り息子社長も大勢いる。そういう人たちはよく知っているのですが、大企業で一から階段を上り、大勢の同期の中で出世していく男性とはどういう人たちなのか?

それを実際に見る機会があって、「やはりポジティブアクションには賛成」と強く思った次第。なぜなら、その男性たちは「体育会系」だったからです。それもラクビー部とか、アメフトとか、かなりハードなスポーツです。有名選手だった人もいました。

この人種の中でフェアに闘って上にいけというのは、女性を1人男性のラクビーの中に放り込むようなもの。同じフィールドで同じ条件で戦ったら、つぶされてしまう。

知っている優秀な女性社長たちで、もっとも「猛者」と思われる人の顔を思い浮かべても、彼女たちが大企業で一歩一歩、男性たちに交じって上にいくイメージはありません。創業社長になるのと、日本の保守的な大企業で長い時間をかけて登っていくのは、また違う能力が必要なのです。

とにかく、女性が1人ではなく複数、大企業の責任あるポジションにつくには、ある程度のポジティブアクションが必要でしょう。

自社の女性を管理職に育てる2つの方法

それではなぜ、そこまでして女性を上にあげなければいけないのか?

それは政府に言われたから……という企業は女性活躍推進をやる必要はないと思います。今の、例えて言えばトラやライオンやキツネ、または犬などで構成された意志決定層ではだめだ、キリンや牛、兎や鹿のような変わり種もいたほうが企業にとってメリットがある。そう心から思った経営者だけがポジティブアクションをやればいいのだと思います。

多くの会社は2030に合わせて、女性のヘッドハント戦略を用いるでしょう。外部の風が入るわけですから、それはそれでおもしろいことになると思います。数は力です。今までと違う風を入れてくれる人材が意志決定層に入ることは、良い変化をもたらすのではと思っています。

しかし自社の女性たちを管理職人材にするにはどうしたらいいのか?

それには2つのことが重要です。

1)採用数の半分をまずは女性にしてみる。

まずは母数を増やすこと。ベネッセはすでに女性管理職比率が30%に迫る勢いですが、1970年代後半からすでに女性社員の数が半数以上を占めていたそうです。70年代から取り組みやっと間に合う……すでに間に合わない企業が多いのですが、今後は加速度が違うと思いますので、2030の次を考える企業にはおススメです。

2)女性活躍推進と同時に労働時間をコントロールする働き方改革

女性を登用しようとしても断られる。女性の意識が低いというのは、すでに聞きあきた言い訳です。女性は男性とは違い管理職になりたいとそもそも思っていないので、やる気になってもらうには、環境を整えることが重要です。男性は管理職になるメリットを感じられても、女性はそうではないし、「管理職にならないデメリット」はないのです。

一番効くのは労働時間の圧縮

その中でも一番女性たちに希望を与えるのは「長時間労働慣行の是正」です。伊藤忠、大和証券など、「両立支援→女性活躍推進→男女含めた労働時間の改革」へと進んだ企業の方に伺うと、「長時間労働がない」ということが、いかに女性に希望を与えるかがよくわかりました。

管理職人材とされる女性たちは20代後半から30代。ちょうど「出産」を考える年齢でもあります。その時に「管理職の候補に」と言われても、良い返事はできない。それは女性が頭のどこかで「子育てとの両立ができるのか?」とWLBを自問自答しながら働いているからだと思います。

もしこれからの「出産」を考えていたら、「管理職候補」の打診は迷惑でしかない。しかしその迷惑が希望に変わるのは「長時間労働しなくても働ける」環境が整ったときでしょう。そのほかにも「場所と時間にとらわれない柔軟な働き方」(在宅勤務やフレックス制度)、「評価の改革」などいろいろとあるのですが、一番効くのは労働時間だと思います。

制度はあっても、やはり自分だけが早く帰って、他は有休もとれずにガシガシ残業している状態では気持ちがくじける。決まった時間内で勝負できるようになれば、「この会社に残って活躍できる」という希望につながるのです。女性の場合「活躍したい=管理職」ではないのですが、長期に就業し活躍することで管理職へのステップを踏んでいけます。

しかしこの「労働時間」をいじるのは、経営者にとってかなりの勇気がいることです。ある会社の前社長は「残業時間を削減して、効率の良い働き方に変えるのが良いのはわかっているが、どうしても勇気がでなかった」と言ったそうです。

全社員が一丸となって夜遅くまで働いている……本当にその時間を削って今の数字を保つことができるのだろうか? 誰もが怖いでしょう。

しかし、その英断をする経営者はこれからも確実に増えて行くでしょう。その大きな理由は人材確保です。良い人材を確保したいと思ったら、「夜遅くまでガツガツ働く会社」は男女ともに人気がありません。

残業を減らして売り上げがUPした会社

その業界のナンバー1企業なら、改革しなくても、働きたい優秀な男性はたくさんいる。そのほうが面倒がない。ナンバー1企業が変わらないのは、必要がないからです。やはり女性に活躍してもらうには、いろいろと手間暇がかかります。今までと同じではいきません。企業に改革を迫るのが女性という存在なのです。

その手間をかけても女性を活用する意味は何なのか?

「経営資源としての女性」について、育休プチMBAを主宰する国保祥子さん(静岡県立大学)に聞いてみました。(育休プチMBAについては連載のこちらの記事に詳しく書きました→授乳しながら学べる「育休MBA」

静岡県立大学の国保祥子さんが主宰する「育休プチMBA」の授業風景

「私は経営層・管理職向けの人材開発もしていたのですが、そういった研修の場で女性はほとんど見かけなかったため、女性は管理職には興味がないんだろうなと思っていました。でも自分が子どもを持って、育休プチMBAを主宰するようになったら、見方が変わりました。女性は十分な能力があっても、遠慮や自己評価の低さから手をあげないのです。

つまり女性が活躍できてこなかったのは、経営環境要因です。危機感が強くモチベーションも高いママたちが育休中に学ぶ姿を見て、彼女たちが活躍しやすい環境さえ作れば優秀な人的資源が顕在化するのだとわかりました。モチベーションを維持するための丁寧な働きかけが必要なので、男性の管理に慣れている人は、その手間が正直面倒と思うかもしれない。

しかし今後の人材不足を考えた場合『環境を与えたら能力を発揮できる人』を諦めてしまうのはもったいない。だから経営者はハラを括り、経営資源としての女性を育成するべく、旗をふることが大事なんです」

そして、もう1つ、日本のために良い相乗効果もあります。ワークライフバランス社が3年間コンサルに入ったリクルートスタッフィングでは、「深夜労働時間76%」「休日労働時間55%」を削減。「前年度以上の成果(売上)を上げ労働生産性向上を実現でき(27期=2013年度)」、さらに女性の両立不安が解消し、2014年に女性管理職比率40%を達成。そして、女性社員の子供の数が1.8倍に増えたそうです。企業の労働時間は少子化にも大きな影響があります。

※リクルートスタッフィング 代表取締役社長長嶋由紀子氏のプレゼン資料「女性活躍推進と生産性向上」http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/jjkaigou/dai12/siryou6.pdf

2030に数字だけ合わせればいいと考える経営者と、本気で「女性の力がほしい」と思っている経営者は発信の本気度合いが違うので、すぐにわかります。

5年後、10年後、「働き方改革」をした企業としなかった企業、いったいどういう結果になるのか? どちらが勝つのか? どちらに進むかを決めるのが今なのかもしれません。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊『格付けしあう女たち 「女子カースト」の実態』(ポプラ新書)