『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』の著者で元日経新聞記者、中野円佳さんとの対談・前編。そこで明らかになったことは、女性活躍推進に最も貢献するはずの「やりがいを持って仕事をしている」女性ほど、職場から抜けて行く皮肉な真実だった。
妊娠と同時に抱いたモヤモヤの正体
【白河】『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』を読んで、中野さんたちの抱える怒りがひしひしと伝わってきました。この本は「育休世代」(実質的に女性の両立制度が整った2000年代に総合職として入社した世代)である中野さんが現在の女性活躍推進の抱える問題を、同世代で出産した15人の女性の聞き取り調査から浮かび上がらせたもの。育休中に論文として書き上げたものを出版した本ですが、バリキャリ女性たちが男並みに頑張る“マッチョ志向”の分析などがとても新しいと思いました。まず、なぜこの本を書いたのか? 何を伝えたかったのかを教えてください。
【中野】きっかけは「結婚」でした。それまで全く「女だからこう」と考えたことがなかったのですが、結婚した瞬間に見られ方が変わった。さらに妊娠となると「仕事を降りたのね」と見られる。
【白河】それは男性から? 女性から?
【中野】主に同世代の男性などですかね。仲間でありライバルだった男性たちです。おめでとうとは言われるのですが、素直に喜べないような、何か自分の中にモヤモヤするものがありました。
【白河】キャリアの中断などを考えて、妊娠のタイミングを計画したりはしなかった?
【中野】私自身は、様々な人に経験談を聞きに行った結果、会社の先輩女性に「タイミングなど待っていたら産めない」と言われたことで背中を押されました。男性の先輩から「子づくりをはじめたからといってすぐにできるわけじゃない」という経験談を聞いたこともありました。ちょうど理解ある上司のもとで、仕事もある程度軌道に乗ってきた時期だったので、「ここなら戻ってこれるだろう」と思えたころに子づくりを解禁したら、想定より早く妊娠しました。実際にはその直後に異動になったのですが。
【白河】本でも「ある程度の無鉄砲さがなければ、20代の出産はできないのかもしれない」と書いていましたね。でも妊娠、出産、育休中に大学院、論文、出版とはすごいですね。
【中野】もともと東大在学時代から後輩向けの発信や啓蒙活動をしていたので、妊娠してからネットワークづくりや情報を集めて後輩向けに発信する活動をしたいと、個人的に取材をしていました。そこで今回の本になった15人に限らず、いろいろなケースがあることを知ったんです。一見子どもができて幸せな退職をした人に見えても、モヤモヤしている。子どもがいて「一線に戻る気がない」と見られている人でも、そこまで割り切っているわけではない。それぞれの決断や落ち着きどころまで、本当にいろいろな気持ちの変遷を経ている。最初からきっぱり割り切っている人なんていないんです。そこをちゃんと分析しようと大学院にいくことにしました。
【白河】立命館の上野千鶴子先生のゼミには入ったんですね。立命館って関西ですよね。でもそのときって……。
【中野】大学院の入試が妊娠9カ月のときだったんです。ぎりぎり新幹線に乗れる(笑)。
【白河】妊娠、出産を経て関西に通ったんですね! 旦那様は心配しませんでしたか?
【中野】夫やほかの家族は、普通だったら止めるかもしれませんが、止めないでいてくれたことに感謝ですね。と言っても、私が論文を書く時間を確保するために夫が自分の時間を割いてまでして応援してくれるというわけではありませんでしたが。一時保育は生後5カ月からずいぶん使いましたし、双方の両親にはこの時期から今に至るまで、育児面で非常に応援してもらっています。
両立できると確信していたのに……
【白河】私、この本を読んで思ったのですが、15人のみなさん、高学歴エリートで20代で結婚して出産して、しかも退職しても大丈夫な収入がある夫と結婚している。いわば勝ち組です。唯一誤算があるとしたら、「専業主婦向けの男性」と結婚していることだと思うんです。そういう男性は本当に専業主婦になりたい女性のためにとっておいてあげてほしいのに(笑)。大学の同級生の高学歴女性にさらわれてしまうんですね。
確かに1回大学を出ると同等以上の学歴の男性と出会うのは、高学歴女性ほど困難になるという現実はあります。大学時代の彼氏と早く結婚しようと思うのは、先の世代を見て何か反面教師的なものを感じていらっしゃるのかなと。
【中野】誰かを反面教師にしたとは思わないですが……高学歴で「大学時代の同級生を逃したら結婚相手はいないんじゃないかと思った」というような人はいますね。でもそうすると、教育段階の競争カルチャーが既にマッチョなんですよね。
私自身、バリバリやりたい男女の友達が多く、男女ともに高尚な議論ができるパートナーがカッコいいというようなカルチャーの中で育ちました。教育機関や就活のようなわかりやすい競争の世界で知り合ったパートナーと結ばれるのは自然な成り行きかもしれません。
本に出てくる15人を見ても、自分の仕事のためにサポーティブな夫を選ぼうという戦略性はないですよね。家事や料理ができる男性もいいとは思っても、それ以上に仕事ができる人を好ましく思ってしまうという側面がある。今は、家事能力も高く、仕事もできるという風に両方できる人も多いですしね。ただその場合、職場がハードなので、能力が高くても実際に家事・育児をできるかどうかは別問題。
私たちは夫婦ともにキャリアを積むのも、結婚も子どもも両方持てるのも、当たり前と思っていた面もあると思います。根拠のない自信なのですが。だから実際に妊娠するまで、そこまで覚悟がいるものとは思っていない。
【白河】その確信って、女子大生が「私は絶対に養ってくれる人と結婚できる」と思っているのとちょっと似ていますね。
【中野】本書の15人に関しては、基本的に両立希望なんですよね。中には就活で企業を戦略的に選んでいる人もいるけど、多くは、特に「両立」というものがかなり工夫して選び取っていかないと実現できないことだとは思ってない。
【白河】当たり前と思っていたのに、本書で取り上げられている15人はさまざまな挫折を経験しています。すっぱり退職して子育てに専念する人、退職予備軍。むしろ「女性であること」を受け入れ「マミートラックでもいい」と競争から降りたり、もともと競争に興味がない人が残る。「やりがい」がある職場を手に入れ、「男並み」に仕事に意欲を燃やしてきた人ほど、「やりがいの喪失」によって出産後仕事を手放すという皮肉な結果が明らかになっていますね。
【中野】ワーキングマザーの現実を見るまで、あるいは自分がなってみるまで、こんなハンディがあるとは思ってもいなかったわけです。学生時代はロールモデルもいないし、見ないようにしていた面もあるかもしれません。ここ2、3年はかなり変わってきた感覚があります。よくも悪くも情報が多く、東大女子も「両立が不安」と口にするようになりましたね。
「マッチョ社会」という問題
【白河】この本を出してマッチョな競争を強いる社会に対して、何が伝わって、何が伝わらなかったと思いますか?
【中野】まず第1段階として「モヤモヤ」、つまり意欲が高いからこそ子育て期にパワーダウンしてゆっくり働くということをしたくない私たちのジレンマを言語化して知ってほしかった。同世代で同じようなクラスターの女性には思った以上に伝わったし、賛同も得られたと思っています。
【白河】みんなも自分のモヤモヤが可視化されてすっきりしたんでしょうね。
【中野】第2段階として、女性活用がうまくいかないのは、女性の意識や個人の選択の問題ではなく「構造問題」であると言いたかった。その構造を作り出しているのはマッチョな企業社会であり、既存社会に適応させるような形での競争をあおる教育システムです。これは当事者というよりも経営層や政策決定者に伝えたかった。研究して論文を書いている間に安倍政権が女性活躍推進を打ち出し、結果的にはこのあたりの意識が変わる追い風は吹いていると思います。
【白河】先日小室淑恵さんと「ここ2年ほど、女性の活躍や働き方の問題について動いた時期はない」と話をしたばかりです。風が吹いている今のうちにがんばらないと、と多くの人が思っていますね。経営層も本気で女性を含めた多様性や働き方の改革に取り組む人もいますが、企業によって温度差が激しい。経営者からの共感はありましたか?
【中野】読んでくれた女性が上司や夫に読ませようとしてくれるのですが、肝心の経営層や育休世代の夫たちには、女性たちほどは届いたとは思えません。専業主夫のように子育てに関わっている男性は、自分も通ってきた道なので反応してくれるのですが、肝心の育休世代の夫や上司たちにはまだまだ届いていない。まず読むスピードが遅々として進まないし、読んでくれても「へぇ、そうだったんだ」で終わってしまう。そこも課題だと思っています。
【白河】経営層に届けるための話法があると思うのですが、どうすればいいのでしょうか? 女性活用やダイバーシティ、働き方改革が、企業に本当に得になるのかというところが問われます。
【中野】意思決定の場に多様性がないことは、イノベーションやリスク管理の面でマイナスになるという経済学や経済学の分析などは出ていますので、材料はたくさんあると思います。問題はいかに「腹落ち」させるか。女性の意識が低いから管理職になってくれないというわけではないことを示して、ダイバーシティ推進をやらない言い訳をどんどんつぶしていく必要があるかなと思います。今後は、いわゆる粘土層の管理職向けセミナーなどもやりたいですね。環境さえ変われば、女性にはもっと可能性があると伝えていきたいです。
1984年生まれ。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。金融機関を中心とする大企業の財務や経営、厚生労働政策などを担当。14年、育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』として出版。育休復帰後に働き方、女性活躍推進、ダイバーシティなどの取材を経て、15年4月より企業変革パートナーのChangeWAVEに参画。東京大学大学院に通う傍ら、ダイバーシティ推進パートナー事業で発信・研究などを手掛ける。
白河 桃子(しらかわ・とうこ)
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員。
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。「妊活バイブル」共著者、齊藤英和氏(国立成育医療研究センター少子化危機突破タスクフォース第二期座長)とともに、東大、慶応、早稲田などに「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」をボランティア出張授業。講演、テレビ出演多数。学生向け無料オンライン講座「産むX働くの授業」も。著書に『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』『婚活症候群』、最新刊『「産む」と「働く」の教科書』など。