7社合同でプロジェクトが始動
この連載で取材してきた霞が関官僚の省庁の枠組みを超えた「働き方改革」プロジェクト、そして関西の大手35社が足並みをそろえる「ダイバーシティ勉強会」……。1社だけでは変わらない、変えられない固い岩盤を、企業の枠を超えて共立・協働することで切り崩し、変えて行こうとする試みが最近目立っています。
今回の主役は「エイジョ」=「営業女子」です。
2014年11月19日「新世代エイジョカレッジ(エイカレ)」の最終プレゼンが開かれました。エイカレは7社29名の営業女性たちの合同プロジェクト。半年間、忙しい営業の職務の合間を縫って全国から集まり、時には電話会議で磨きぬいた「営業で女性が活躍するための提言」をまとめ、各社の経営層に最終プレゼンをしました。忙しい経営層もその日は5~6時間を割いて彼女たちの提言に真摯に向き合いました。
参加したのは日産自動車、リクルートホールディングス、サントリーホールディングス、キリン、日本IBM、KDDI、三井住友銀行の営業女性。各社混合の5チームでアイデアを競い、その後、社内で学びや気づきをシェア。自社での実践に落とし込みます。参加した女性たちは「管理職2歩手前(5年前)」と目される20代後半から30代の女性。今後管理職として期待される一方、結婚、出産などのライフイベントを迎える時期でもあります。
なぜ「営業女性」なのか? なぜライバルとも言える会社と協働したのか?
このプロジェクトの企画立案者であるリクルートホールディングスのダイバーシティ推進グループマネージャー、二葉美智子さんに聞いてみました。
「営業女性は10年で10分の1まで減るというデータがあるんです」
第一の壁は入社3年目。営業がそもそも向かない、好きではないという人が辞めて行く。第二の壁は入社4~10年目。営業の仕事にやりがいを感じながらもこのまま長く続けていけないと思って辞めていく。
営業女性はそもそも貴重な戦力であり、「女性に向いている仕事」と言われています。営業女性も「お客様の反応がダイレクトに伝わる」「頑張った分の評価もついてくる」とやりがいを感じている。しかし10年でこれだけの女性がいなくなるのは、原因があります。
「このプロジェクトを通じて、予想外に深刻な事態だとわかりました。本当に営業やお客様が好きで優秀な女性たちが不安を抱えている。『こんなに意欲も高く実績もあげている女性たちが、この先も営業でやっていけるという自信をなくしている』と講師も涙するような場面があったんです」
授乳しながら考え抜いたプロジェクト
そもそもは昨年8月に出産した二葉さんが、子どもに授乳しながら「なぜ女性管理職が少ないのか?」と考え抜いたことから始まります。
「弊社の課長の5割が営業部門に在籍しています。ところが、他部署では女性課長が3割を占めるのに営業では2割もいない。20代女性の7割が営業で、表彰されるのも半分は女性なのに、なぜ役職者が増えないのか?」
女性が役職に就くのを望んでいない「意識の問題」とよく言われます。しかし「女性が昇進を望まない、望めない要因があるのでは?」と二葉さんはこの企画を思いつきました。
「その構造の問題を発見し、個人の悶々とした悩みから課題を抽出し、解決策を練る……。しかし1社では気づいてもらえないし、アクションも遅い。複数の企業で本質的な問題を直視する機会が必要と、上司を説得し、プロジェクトを立ち上げました。複数社が訴えることで社会へのメッセージにもなる」
一石二鳥以上の効果を狙ったプロジェクトは見事に成功しました。
まずは参加した営業女性たちの「意識の変化」です。
異業種の営業女性が集まることで、営業の種類は違っていて個別の問題はありますが、本質的な問題が浮かび上がってきました。
「みな12~13時間は働いていることがわかりました。根っこの問題は同じでした。営業は好きだし、おもしろい。でもこのままの働き方、労働時間で子育てと両立しながら継続できるとは思えない。管理職になることも考えられないのです」
そういう杉野由宇さん(29歳 リクルートキャリア 広告営業)は昨年結婚したばかり。
「26~27歳までは走ってこられる。でもその後はこのままでいいのか、あと何年続けられるのかと思い、職種の転換を考えていました。でもエイジョカレッジを経験したあとは、営業を続けたい、管理職にもなりたい、現場から女性が活躍する場を創っていきたいと思うようになりました。気づいたのは職種転換してゼロリセットするよりも、意外に時間の融通がきく今の職種の強みを生かせるということです」
西夏子さん(29歳 キリンビールマーケティング 営業部)も言います。
「自分がどうしていきたいかとか、会社に対して何ができるかとか、どんな働き方をしたいかを、伝える重要性をすごく実感しました。年度末の面接で去年は深く突っ込まなかったところを上司と話せたのは、この経験があったからだと思います」
競合企業と合同で取り組むメリットも
そして、構造上の問題も明らかになりました。問題はやはり「働き方」です。クライアントの都合に合わせなければいけない営業の常として、長時間労働、頻繁な出張がある。しかし「労働時間と達成率には相関がない」という資料があるそうです。「画一的な働き方」「移動時間の長さ」「短期間の成果を要求される評価の問題」などの課題を切り分け、働き方の改革、時間によらない成果の評価、さまざまなアイデアが出ました。
構造上の問題を改革するためにはトップのコミットメントが必要だと考え、この企画には最終プレゼンの前の段階から各社の部長クラスに参加してもらいました。
「わかっていなかったということがわかった」
というある男性上層部の声が、経営層への働きかけの効果を現しています。また他社の役員とのやり取りでの気づきも大きかったそうです。
「7社でやることが対外的なメッセージという意味では大きかった」と企画サイドの二葉さんも言います。
「IBMの会議システムがすごい」「日産の会議のやり方は効率的」と、協業で他社のシステムを知ることができ、より効率的な働き方へのヒントもたくさん見つかりました。
切磋琢磨する中で、会社は違っても同じ悩みと目的を共有する仲間を得たことも、女性たちのモチベーションアップにつながっています。例えばサントリーとキリンなどライバル関係にある会社です。
「商売敵なので、言える部分と言えない部分はあります。でもビール業界ならではのつらさや、ワーキングマザーならではの悩みはサントリーさんと一番分かち合えるところがありました」(西さん キリンビールマーケティング)
最終プレゼンで出た5グループのアイデアは「移動時間の短縮のための7社共通のサテライトオフィス」「労働時間削減項目をマネジメント層の人事評価制度に追加」「支社と本社の交換留学システム」「ハイパフォーマーの表彰」などです。
最終プレゼンのあとは各社でそれぞれが現場に落とし込めるよう、自社の経営層に働きかけていくことになります。
「大変なプロジェクトでしたが、営業女性は意志も意見もちゃんとある。熱中すると前向きなパワーがすごいと実感します」(杉野さん リクルート)
「ただ『時間を短くします』って私たちが宣言して、『今日から電話は5時以降とりません』となっても、競合他社にやられるだけという話も出ました。全体的に意識を変えていくのは同時進行でやらなきゃいけない」(西さん キリンビールマーケティング)
1社だけの改革は徐々に進んでいますが、結局は「自社が働き方改革をすることでライバルより損をしては意味がない」ということになります。しかし、今後女性という経営資源を失えば、人出不足、パワー不足は目に見えている。今から女性だけでなく男性も含む日本全体の問題として「働き方」の問題を変えていかなくてはいけない。
「女性だけの問題から、本人の意識、マネジメント層、評価軸などの本質的なところに働きかけるプロジェクトとなりました」(二葉さん リクルート)
「働き方」の問題は、他社と知恵を出し合う相乗効果も大きいとわかりました。さまざまな業種で、業界で、地域で、協働協業する「働き方改革」プロジェクトが立ち上がり、日本の働き方の本質を動かすようなムーブメントとなる、そんな確信を持った取材でした。
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊『格付けしあう女たち 「女子カースト」の実態』(ポプラ新書)。