もし能力があったら世界レベルで成功させたい
「自分たちの子供がもし客観的に見て何かの分野で秀でた能力があったなら、世界レベルで大成させてやりたい。それが自分も思い入れのあるテニスならば最高だけど、他のスポーツでも音楽でもなんでもいい、子供の才能を最大限伸ばせるよう育てたいんだ、と伝えました」
こうした考えの根底には、彼が大学時代にプロ選手への道を断念した苦い経験や、その際に味わった〈もし幼い頃から、高い指導レベルで硬式テニスに打ち込める環境に身を置けていたら、自分はどうなっていただろう〉という後悔とも夢想ともつかない思いがある。
1993年に生まれた長女の勝麗は、母親がマタニティースイミングに通っていた流れで4歳から水泳教室に入り、すぐ頭角を現した。
ただ五輪選手を何人も輩出してきた全国規模のスクールだけあって、練習量が尋常ではない。年端のいかない女の子が、親が心配するほどぐったり疲れて帰ってくるのだ。これで小学校に上がったら、練習を終えてから改めて勉強するなんて絶対無理だ。土方氏はそんな不安を抱かずにはいられなかった。
1995年には、長男の神優が誕生する。
高いレベルの文武両道を目指して渡豪
土方氏には子供を世界レベルで大成させたい希望があったが、得意分野だけが突出していればいいとは考えていなかった。
「日本って、トップアスリートになりたい子はスポーツだけに没頭し、かたや超難関大学に行きたいって子は勉強だけに集中しますよね。そうじゃなくて文武両道、それも双方高いレベルで実現できたらすごいよなと。だけど日本のスポーツ環境、教育環境で叶えるのはまず不可能です。でも、もし外国に住むことで両方を伸ばせる可能性があるのなら、やってみる価値はあるんじゃないか、長女が小学校に上がるまでに英語圏の国へ移ろう、と妻とは話し合っていました」
英語圏が前提だったのは、スポーツにせよ勉学にせよ、英語を操ることができれば国際的に活躍するうえで有利に働くと考えたからだ。移住先としてまずは夫婦の馴染み深いアメリカを考えたが、永住権取得が容易ではないし、銃社会の不安もある。そこで浮上したのが、オーストラリアだった。テニスの強豪選手を輩出している国で、長女がやっている水泳も強い。調べてみると、教育面でも高校までは優れた環境があることがわかった。
「1990年代前半、神戸製鋼ラグビー部にイアン・ウィリアムスという選手がいたんですが、彼は世界的強豪であるオーストラリアの代表であると同時に、弁護士の資格も持っていました。その記憶もあって、文武両道の実現に向いている国だって気がしたんです」
幸い、移住を検討し始めてから半年後、彼らがまだ日本にいるうちにオーストラリアの永住権を取得できた。
「だったら先はどうなるかわからないけどとりあえず行ってみて、もしだめなら戻ってくればいいやと」

