――企業にとって、社内資産管理はなぜ重要なのでしょうか。
【古畑】会社のモノがどこで使われているのか、使われなくなったのか、廃棄しているのか、遊休資産として残っているのか、それらを正しく把握する社内資産管理は地味ですが重要なことです。まず固定資産として考えた場合、固定資産は財務諸表に記載されるので、特に上場企業であれば「正しい評価額」は大前提となります。そのために経理部門では毎年、各現場部門に固定資産の棚卸しを依頼しますが、果たしてどこまで正確に行われているのでしょうか。お客さまからよく聞く棚卸しの方法は、経理部門から渡されたリストを基に現場部門で実査を行い、その結果を会計に反映するといった手順で行われます。
しかしここで問題になるのが「ちゃんと現物をチェックして正しく報告をしているのか」という点です。経理部門は財務諸表への正確な数値化が至上命題ですが、現場部門はその認識がどこまであるのでしょう。自部門の業務の忙しさから、かつ重要性を理解していないことで、ちゃんと実査を行わず「全部ある」と、いいかげんな報告をする部門もあるそうです。もしその部門でモノが紛失していたら、虚偽報告の結果、会計的には総資産額増・利益増となり、粉飾決算だと指摘されてしまうかもしれません。
実際にこうしたケースはよく聞くので「あり・なし」を正確に把握できるよう社内資産管理を徹底する必要があります。
固定資産だけでなく使っていないパソコンも大問題
――経理部門に特有の問題ということですね。
【古畑】いえ、経理部門だけではありません。情報システム部門では、もっと重大なパソコンからの「情報漏えい問題」があります。
IT資産管理システムで操作ログを取得したり、USBデバイスによるデータの書き込みを制限したりしているから安心だという企業は多いと思います。
では「使っていないパソコン」に関してはどうでしょうか。
本来、使わなくなったパソコンは情報システム部門へ返却すべきです。しかし返却をせず、自部門のロッカーにしまっているルール違反は普通によくあることです。これらのパソコンは管理されていないのをいいことに「家でも仕事をするから」と“勝手”に持ち帰り、だんだん私物化され、アンチウイルスソフトが期限切れになり、いらなくなっても今更会社へ戻せず、データ消去をせずに廃棄され、情報漏えいの危険にさらされます。実際に管理されていない使わなくなったパソコンの末路としては十分にあり得ることではないでしょうか。情報漏えいリスクは今や事業継続に直結する問題です。管理されていないことから、軽い気持ちでやったことが事業継続を脅かす問題になるからこそ、社内資産管理は重要だと思います。
「MUST」な業務が「WANT」に振り分けられている
――なぜ、なかなか本格的な対策が進まないのでしょうか。
【古畑】固定資産であってもパソコンの管理であっても、多少は管理しているから「それでOK」となっているのかもしれません。リスクを深掘りして考えたら対応策として不十分な状態であっても、見過ごされているように感じます。また深掘りした対策を行うための人的コスト問題もあると思います。
社内資産管理は売り上げの向上に直結するものではありませんし、幸いにもトラブルが起こっていなければ、企業運営にマイナスの影響が及ぶわけでもありません。そんな認識によって、本来ならリスクコントロールは「MUST」の業務であるはずなのに、なぜか「WANT」に振り分けられてしまっています。そのためなかなか深掘りした対策が実施できていない現状です。逆に対策ができている企業は、担当者が問題意識を持ち、その意見に耳を傾けて「コストをかけてでもやるべきだ」と上司が決断し、自社をもっとよくするための内部統制の改善や、リスクコントロールに対する意識改革ができたところだけとなってしまっています。
四つのポイントを踏まえ文化として根付かせる
――では、これから社内資産管理をスタートするに当たって主なポイントを教えてください。
【古畑】一つ目は、管理対象物を明確にすることです。注意したいのは、何もかも管理する必要はないということです。大事な情報がたくさん詰まったパソコンの管理と、情報が記憶されていないディスプレーでは重要度が違います。重要度の高いモノから管理を始めてください。パソコン、IT機器を最優先として、次に固定資産、必要に応じて什器や備品などの順番で設定しましょう。
二つ目のポイントとして、これらの管理対象物にはラベルを貼付し、「会社が管理しているモノである」ということを、はっきりと宣言することが大切です。
三つ目に、定期的な棚卸しを実施しましょう。棚卸しを行ってモノが管理されていることを全社員に「見せる」ことで、社内資産管理を文化として根付かせます。すると軽はずみなことをしてはいけないという意識が芽生え、抑制効果につながるでしょう。
四つ目は、棚卸しをしてモノがなくなっていることが分かったら、責任の所在を明らかにして「ペナルティー」を課すことです。有形物ならうっかり壊してしまうことは仕方がないですが、行方が知れなくなるのは、単に「管理がずさん」だからです。なくした本人、その特定が難しいのなら部門長がペナルティーを受けるのが当然だと思います。例えば、会社のパソコンを飲食店や電車内に置き忘れてきたとなると大きな問題になり、ミスをした本人や部門長の管理責任が問われると思います。しかし棚卸しの結果、パソコンが見つからなくても、そこでペナルティーが発生する話を聞いたことがありません。棚卸しという行為で満足し、会社のモノが紛失した責任所在を不問にしたら、リスクコントロールとしての対応はとても弱いものになってしまいます。見つからなかった原因と責任所在を明確にし、再発防止策を講じることが重要です。
――要点を絞って実行すれば、決して難しいものではないという印象を受けます。
【古畑】四つのポイントの実行が難しいかどうかという以前に、やはりそれぞれの立場によって、社内資産管理に対する意識がまちまちであることは理解しておかなければならないと思います。「会社のモノであって自分のモノではない」イコール「大切なモノではない」と考えてしまう人が一定数いることを、社内資産管理の推進者は踏まえておくことが不可欠です。もし他人のモノを借りて紛失してしまったら、何らかの形で補償するのが当たり前でしょう。それにもかかわらず、モノが不明になっていることが黙認され、経営課題として扱われていない現状があります。社内資産管理は、粉飾決算や情報漏えいの芽を摘むリスクコントロールである、そう位置付けてほしいと思っています。
