新幹線の次の超高速鉄道としてリニアモーター推進浮上式鉄道の研究がスタートしたのが1962年。その後数々のイノベーションを重ね、リニア中央新幹線としての開業が近づいている。そうした中、大阪・関西万博テーマウィークの中で開催されたのが「リニア中央新幹線がもたらすインパクトの最大化」と題された対話プログラムだ。モデレータの瀧口友里奈氏(経済キャスター)、登壇者の丹羽俊介氏(東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長)、加藤真平氏(株式会社ティアフォー 代表取締役社長CEO)、森川博之氏(東京大学大学院工学系研究科 教授)、石黒不二代氏(世界経済フォーラム 日本代表)、菊川人吾氏(経済産業省 イノベーション・環境局長)は、リニアの魅力、可能性について何を語ったのか――。ここでは三つのパートに分け、そのエッセンスを紹介する。
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【レジリエンス編】“日本の大動脈の二重系化”が強靭で持続可能な国をつくる原動力に

時速500キロ、品川―名古屋間を最速40分、品川―大阪間を最速67分でつなぐリニア中央新幹線。その重要なキーワードの一つが“日本の大動脈の二重系化”だ。開業から60年以上を経過した東海道新幹線の将来の経年劣化への対策として、また大地震や豪雨、台風などによる大規模災害への備えとして、東海道新幹線とは異なる仕組みで、異なるルートを走るリニアは重要な役割を担うことになる。

「例えば南海トラフ地震などが起これば、設備の補修等で東海道新幹線が一定期間運行できなくなるケースもあり得る」と東海旅客鉄道(JR東海)の丹羽俊介社長は言う。まさにそこで力を発揮するのが二重系化だ。

丹羽俊介(にわ・しゅんすけ) 東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長 1989年JR東海に入社。新幹線鉄道事業本部管理部長、人事部長、総合企画本部長などを歴任し、2023年より現職。
丹羽俊介(にわ・しゅんすけ)
東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長
1989年JR東海に入社。新幹線鉄道事業本部管理部長、人事部長、総合企画本部長などを歴任し、2023年より現職。

品川―名古屋間の約86%はトンネルである。地下深くなるほど地震の揺れは小さくなる傾向があるため、地震の影響を低減できる。トンネルなら、当然雨や風などの気象の影響も受けづらい。

加えて、「リニアの通路はガイドウェイという側壁に囲まれ、脱線しない構造になっている。また強力な超電導磁石によって約10センチ浮上して走行するため、地震に強いのが特徴です」(丹羽社長)

そんなリニアは「世界の指針になる」と世界経済フォーラム日本代表の石黒不二代氏は言う。

石黒不二代(いしぐろ・ふじよ) 世界経済フォーラム日本代表 米ネットイヤーグループを日本市場での上場に導いた他、20年以上にわたり多様な企業でのマネジメント経験を持つ。
石黒不二代(いしぐろ・ふじよ)
世界経済フォーラム日本代表
米ネットイヤーグループを日本市場での上場に導いた他、20年以上にわたり多様な企業でのマネジメント経験を持つ。

「地震や津波、台風にさらされる日本は構造的な脆弱性を有し、高度なレジリエンスの構築が求められている。競争力維持には抜本的な構造改革が不可欠だが、多大な投資を公の資金だけで賄うのは難しい。インフラ整備などにおける官民連携の取り組みは今後の制度設計や国際的な知見の共有において示唆に富むものと言えます」(石黒氏)

一方、経済キャスターの瀧口友里奈氏は「大規模輸送のインフラの二重系化はある面ではすでに常識」と指摘する。「近距離輸送では鉄道やバス、自動車がそれぞれ役割を担っている。長距離だとイメージしづらいが、東海道新幹線は一日約46万人が利用する巨大インフラ。近距離輸送同様、別の輸送手段の設置は自然なことです」

瀧口友里奈(たきぐち・ゆりな) 経済キャスター 経済キャスターとして活躍する他、SBI新生銀行などの社外取締役や自ら立ち上げた株式会社グローブエイトの代表も務める。
瀧口友里奈(たきぐち・ゆりな)
経済キャスター
経済キャスターとして活躍する他、SBI新生銀行などの社外取締役や自ら立ち上げた株式会社グローブエイトの代表も務める。

もう一つ、リニアがもたらす未来として都市機能の分散がある。すでに官の分野では、東京一極集中の是正などを目的に文化庁が京都に移転するなど取り組みが進んでいる。経済産業省の菊川人吾氏は言う。

「首都機能の分散により、文化でもものづくりでも現場に近いところで政策をつくれるようになる。リニアはそれをいっそう促進するはずです。また最近、霞が関も新幹線通勤をしやすくなり、国会のオンライン審議なども検討されている。リニアが開業すれば、普段は地方に住み、緊急時には東京に駆け付けるなど、働き方の幅はさらに広がるに違いありません」

菊川人吾(きくかわ・じんご) 経済産業省 イノベーション・環境局長 1994年通産省入省。通商・環境・経済安全保障政策などに従事。情報産業課長、内閣参事官、大臣官房審議官などを経て現職。
菊川人吾(きくかわ・じんご)
経済産業省 イノベーション・環境局長
1994年通産省入省。通商・環境・経済安全保障政策などに従事。情報産業課長、内閣参事官、大臣官房審議官などを経て現職。

リニアによる“日本の大動脈の二重系化”。それは大規模災害への備えとなるだけでなく、さまざまな形で持続可能な未来に貢献することになりそうだ。

【経済成長・イノベーション編】世界が注目する“巨大都市圏”の誕生は投資と人材を呼び込む新たな契機にも

さまざまな領域で未来を変革することが期待されるリニア中央新幹線。その中で見逃せないのは“巨大都市圏の形成”が後押しする経済成長やイノベーションの進展だ。丹羽社長は言う。

「東京、名古屋、大阪という三大都市圏がリニアで結ばれることで、日本の人口の半数を超える約6600万人からなる都市圏が誕生します。品川―大阪間は最速67分、移動時間は飛躍的に短縮され、これまで以上にリアルで会いたい人に会い、行きたい場所へ行きやすくなる。そうした状況は多様な化学反応、シナジーを引き起こすに違いありません」

加えてリニアは、生産性向上の一つの鍵にもなり得る。

丹羽俊介(にわ・しゅんすけ) 東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長
丹羽俊介(にわ・しゅんすけ)
東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長

「生産性を上げるには、一人一人がより付加価値の高い仕事をすることが求められます。移動時間の短縮による時間効率の向上はそれを支える大事な要素となるはずです」(丹羽社長)

社会、ビジネスのデジタル化は今後さらに加速するだろう。それでも対面での交流が信頼関係の構築や思いの共有において果たす役割はやはり大きい。「デジタルとの共生にはアナログでの交流が重要」と東京大学大学院の森川博之教授は指摘する。

森川博之(もりかわ・ひろゆき) 東京大学大学院工学系研究科教授 IoTやDX、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。2022年から情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)会長。
森川博之(もりかわ・ひろゆき)
東京大学大学院工学系研究科教授
IoTやDX、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。2022年から情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)会長。

「デジタル化が進んでも、分野や世代、性別を超えた人たちがリアルでやりとりし、思いをつないでいく。新たな価値を生むにはこれが大切です。リニアの価値も、単に三大都市をつなぐだけではないでしょう。中間駅ができ、道路も造られ、地域の在り方が変わってくる。そうした中で国全体をどうデザインし、どうリニアを生かしていくのか、一人一人が自分事として考え、議論していく必要がある」と森川氏は訴える。

リニアが形成する世界にも類を見ない巨大都市圏。それはすでに海外から関心を集めている。菊川氏は言う。

菊川人吾(きくかわ・じんご) 経済産業省 イノベーション・環境局長
菊川人吾(きくかわ・じんご)
経済産業省 イノベーション・環境局長

「国連の機関である世界知的所有権機関(WIPO)が発表した『GII科学技術クラスター2024年』、特許出願や科学論文の数を基に世界をリードする科学技術活動が集中する地域を表すランキングの世界1位は東京―横浜です。さらに7位に大阪―神戸―京都、15位に名古屋がランクインしている。これら三つのクラスターが一体化すれば、世界でも断トツの都市圏になります。その将来性から、近年世界的に著名な大学が日本に拠点を置くなど、海外からの投資が増え始めているのです」

今、人材獲得競争はグローバルで激化している。そうした中で「世界トップクラスのテクノロジーがある場所に優秀な人材が集まる状況が生まれている。その意味でもリニア開業を控える日本のポテンシャルは大きい」と菊川氏は付け加える。

人と人とのつながりを強めながら、世界から投資と人材を呼び込む。リニアの開業は、その新たな契機としても注目だ。

【環境・交通ネットワーク編】社会課題解決と競争力強化を両立し、世界をリードするモデルケースに

社会・経済の発展と環境負荷の低減をいかに両立するか――。これは今や、あらゆる事業活動において不可欠な視点だ。日本の新たな大動脈として社会の強靭化や経済の活性化を支えるリニア中央新幹線は、環境面でどのような強みを持っているのか。

「リニアと航空機を比較すると、東京―大阪間の乗車時間・搭乗時間はほぼ同等ですが、CO2排出量はリニアが航空機の約3分の1。航空機のご利用がリニアにシフトすることでCO2排出量削減につながります」と丹羽社長は説明する。今後、電源の脱炭素化が進めば環境優位性は一層高まることとなる。

丹羽俊介(にわ・しゅんすけ) 東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長
丹羽俊介(にわ・しゅんすけ)
東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長

「併せてJR東海としてリニアの省エネ化に力を注いでおり、直近の10年でエネルギー効率は1割近く改善しています。引き続き技術開発を進め、さらなる省エネ化を追求していきます」(丹羽社長)

そもそも鉄道のエネルギー消費は道路輸送のおよそ6分の1といわれている。「しかし、日本以外で鉄道のシェアは決して高くない」と石黒氏は指摘する。

石黒不二代(いしぐろ・ふじよ) 世界経済フォーラム日本代表
石黒不二代(いしぐろ・ふじよ)
世界経済フォーラム日本代表

「大きな要因は採算面。投資の回収が難しいためです。そうした中、日本は技術力やサービスを磨きながら鉄道を普及させ、収益構造をつくってきた。リニアは『利便性向上』『環境負荷の低減』『利益化』の三方よしを実現する世界のモデルケースとなる可能性があります」(石黒氏)

一方、リニアは交通ネットワークそのものにどのような影響、価値をもたらすのか。丹羽社長は言う。

「山梨、長野、岐阜などの中間駅周辺の地域にもインパクトを与えると考えています。例えば、二拠点居住というライフスタイルのベースとなる可能性があります。また、神奈川県駅の周辺で、R&Dの拠点を整備する動きがあります」

さらに、自動運転技術などを手掛ける企業の創業者で東京大学大学院の特任准教授も務める加藤真平氏は「新たな交通ネットワークは社会課題解決の切り札にもなり得る」と話す。

加藤真平(かとう・しんぺい) 株式会社ティアフォー 代表取締役CEO 慶應義塾大学で博士(工学)の学位を取得。2015年にティアフォーを創業し、10カ国以上で自動運転システムのビジネスを展開。
加藤真平(かとう・しんぺい)
株式会社ティアフォー 代表取締役CEO
慶應義塾大学で博士(工学)の学位を取得。2015年にティアフォーを創業し、10カ国以上で自動運転システムのビジネスを展開。

「新幹線や高速道路、航空路線にリニアが加わり、さらに地域で“毛細血管”の役割を果たす自動運転が連動すれば、それは過疎化や高齢化に伴う移動の問題を解決する力になります。実現には交通ネットワーク全体を統合していく必要がありますが、擦り合わせや組み合わせは日本が得意とするところ。モビリティ領域へ全力投資することで社会課題解決と産業の競争力強化のパッケージを生み出し、日本が世界で圧勝することも十分考えられます」(加藤氏)

移動・輸送以外の分野でもさまざまな可能性をもたらすリニア。その登場が私たちの暮らしやビジネスを具体的にどう進化させるのか。将来が楽しみだ。

※本稿は、大阪・関西万博テーマウィークにおける「リニア中央新幹線がもたらすインパクトの最大化」(2025年5月21日開催)の内容を再構成しています。