今も心の中に突き刺さっている言葉

大人にとっても子どもにとっても、「孤独」というものが、最も人を追い詰めるものであることをサヘルさんは知っている。当時の2人が、まさにそうだった。とりわけ、フローラさんはハリネズミのように武装して必死で働いた。祖国では心理学者の道を目指していたのに、日本では底辺労働しか選択肢はなく、心を割って話せる友人も、理解者も、パートナーもいない。その行き場のない、やり切れない思いが、幼いサヘルさんへ向かうこともあった。

「フローラは、強い人です。でも時に、親の強さは子どもにとってプレッシャーになります。今ならわかります。周りに誰も彼女の理解者がいなかったから、言いたくもないことを叫び、感情をぶつける先が、目の前の子どもになってしまうということを。だけど、その言葉は残酷でした」

大人の事情はわかる。十分に理解できる。でも、その言葉は永遠に子どもに残るものであることを、サヘルさんはその身でちゃんと知っている。

「あなたを引き取ってしまったから、私の人生はこんなに変わってしまった。不幸になってしまった」

刃として、今も心の柔らかな部分に突き刺さっている言葉だ。

サヘル・ローズさん
撮影=増田岳二

「子どもの私もなかなかいうことを聞かなくて、試し行動をしていたし、他人に理解できないような行動をしていたから、お母さんからすれば、『なんで、わかってくれないの!』って思うのは当然でしょう。実際に手を挙げられたし、すごく噛まれることがありました。お母さんって怒ると、感情のブレーキが外れて……すごい状態になるんです。なんでもかんでも、言ってくる。私に関係ないことも、親から受けてきた過去の出来事も全部……。それ、私に関係ないじゃんってことです。でも落ち着くと、すごく抱きしめてくれる。『ごめん、ごめん。本当に、お母さんを許して』って、背中をさすってくれるんです。それで翌日、ないお金で、お菓子を買ってきてくれるんですよ」

母の首に手を当てたこともある

ジェットコースターのように無軌道に揺れ動く、追い詰められたフローラさんの感情の放出を一身に被っていた10代。反抗期なんかなかったし、反抗する余裕もなかった。

「お母さん、包丁を持ち出して、それを自分自身に向けるんですよ。私をじゃなくて、自分を傷つけようとする。それも、とっても辛くて、『私が、代わりに死ぬ!』って、こっちも必死になるわけです。人間は最終的に限界があって、私がお母さんの首に手を当てたこともあります。そのときお母さんは、『じゃあ、殺しなさい! 殺しなさいよ!』って、私に迫ってきました。ああー! どうしたらいいんだろう。なんで、家の中でこんな苦しみを味わわなきゃいけないんだろう。いっそのこと、この人のことを殺したら、私、楽になるんじゃないかって思う瞬間、正直、ゼロじゃなかったです」

翌日になれば、サヘルさんの前にいるのは優しい母だ。手を握って、「私の愛しい娘」と囁いてくれる。フローラさんと暮らし始めた頃は、理解できなかった。鬼のような形相の人が、別人のようになることが。ただただ、怖かった。

そうであっても、自分のためにつらい思いをしてまで日本にとどまってくれていることは十分にわかっていた。自分のために、フローラさんが一生を捧げたということも。

「そういうことを全部知っているので、お母さんがどんな精神状態で、どんなに私への風当たりが強くても、彼女の愛情はその数百倍も大きいことが私にはわかるんです。でも、大きいがゆえに、重たい。そこで私は、引き裂かれる。はっきり言えるのは、私がお母さんをリスペクトしているってことです。こんなに扱いづらい自分を、彼女は捨てなかった。彼女がどんな状態になって、どんなことを私に言っても、それは彼女の本心ではないってことはよくわかっていました」