的確な経営判断が求められるエグゼクティブにとって、「脳の元気をどう維持するか?」は重要なテーマ。東京女子医科大学名誉教授・岩田誠先生(神経内科)と、会員制医療クラブ・BRBメディカルサロンの小松小百合事業部長が語り合う。

年を重ねるにつれて
忘れやすくなる──

岩田 誠●いわた・まこと
東京女子医科大学名誉教授 東京大学医学部卒業。東京大学医学部助教授、東京女子医科大学医学部長、同大学脳神経センター長などを経て現職。メディカルクリニック柿の木坂院長、BRBメディカルサロン顧問ドクターとして神経内科領域のカウンセリングを担当する。

小松 健康やアンチエイジングに対する関心が高まり、年代を問わず「脳の若々しさを保ちたい」という声もよく聞かれます。誰しも40代以上になると、覚えていたはずのことが思い出せない場面に遭遇すると思いますが、なぜ加齢に伴って忘れやすくなってしまうのでしょう。

岩田 いや、それは多くの場合誤解です。年をとるにつれ記憶が抜け落ちていくわけではありません。いい例が語彙で、忘れるどころか年をとるほど増えていくこともある。80歳、90歳の職人さんがその技を忘れないのと同じことです。

小松 では、固有名詞や人の名前がなかなか出てこないということを聞きますがそれはどういうことなのでしょう。

岩田 霊長類の研究から、ヒトの個体識別能力は150人くらいが限度だろうと推測されています。だから名前をしっかり覚えていられるのも約150人分。ホモサピエンスの誕生から18万年経過しましたが脳の仕組みは変わっていません。しかし、社会が驚異的に変化したために、150人を識別できるだけでは足りなくなってしまった、というのが現実です。名前が出てこないことがあってもそれは当然ですよ。

小松 新しいことについて、なかなか覚えられなくて困るということも加齢と関係があるのでしょうか。

岩田 確かに新しい記憶の形成は、若いころより苦手になるでしょう。子どものころの思い出はハッキリしているのに、昨日の出来事は覚えていなかったりする。ただ、少なくともアルツハイマー病などの病気でない限り、昨日のことを「忘れた」わけではありません。もともとそんなに注目していなかった、関心が低いため、記憶が形成されなかっただけのことも多い。年齢とともにさまざまな経験に触れ、慣れていく分、驚きが減り、記憶に残る機会も減る。

小松 なるほど。記憶は関心の高さにも大きく左右されるということですね。

岩田 そうです。単純に「加齢=物忘れ」ではありません。

日々の心がけと実行で
病気に負けない強い脳を

小松小百合●こまつ・さゆり BRBメディカルサロン事業部長 1994年(株)ビーアールビー入社。独立系の医療コンサルティング事業として「会員一人ひとりにとって最適な医療の提案」を目指す同社の事業を支える。

小松 何事にも好奇心をもてる人ほど、脳が若々しいといえるのかもしれませんね。では、脳の元気を維持する秘訣はどこにあるのでしょうか。

岩田 アルツハイマー病に負けない強い脳にするという意味では、「表現行動」に励むことがとても重要です。米国のナン・スタディという認知症の研究では修道女たちの協力(没後の献脳)により、「脳にアルツハイマー型の病変が認められる」ものの、「生前、認知障害は全く認められなかった」という方々も少なくないことが分かっています。そこで、彼女たちが修道院に入った20代当時に自ら綴った自叙伝を文章の専門家が分析しました。そうして浮かび上がってきた相関関係の1つに、「文章表現能力の高い人ほど認知症が現れていなかった」ということが証明されました。

小松 表現を得意とする方々は、潜在的にアルツハイマー病があっても、発症しない傾向だったということでしょうか。

岩田 その通りです。病変は脳のゴミのようなもの。それが溜まっていくことが加齢現象です。今は防止する手だてはありませんが、発症の予防として、文章に限らず、絵、書道、工芸など、さまざまな表現行動がお勧めです。カラオケで歌うのもいいでしょう。あるいは囲碁や将棋のように自分で創意工夫するゲームなら、表現行動の一環といえます。

小松 積極的に脳を使ったほうがいいわけですね。ただし、職場にも家庭にもITが普及し、自分で考えずに簡単に情報を取得できたり、単に受信しているだけのケースも増えていると思います。

岩田 そうですね。PCやスマートフォンを、あくまでツールとして能動的に使いこなしているのなら問題はないでしょう。ところが、実際には膨大な情報がもたらされ、それらを右から左へ流すのが精いっぱい。考える暇さえ失われる恐れがあります。また、本人は熱中しているつもりでも、脳の状態は受け身にすぎないゲームも多い。人間が情報及び機器に操られるようだと、表現行動からは縁遠い生活に陥ってしまうと思います。