BCP専門家が伴走するジギョケイ策定への道のり
多治見通運株式会社は、岐阜県多治見市に拠点を置く運送会社だ。明治33年(1900年)に創業し、岐阜県を中心に愛知県、三重県北部などの中京エリアの荷主を主客層としている。売上高の約半分を占めるのは、貨物列車を利用して荷物を運ぶ鉄道コンテナ輸送である。鉄道コンテナ輸送は、地震や台風などで鉄道網が寸断されると事業が停止してしまう。それゆえ、輸送ルートの選択や人員配置のシミュレーションなど、災害時のリスクマネジメントは企業存続のための命綱なのだ。多治見通運の関谷寛社長は、近年頻発する「激甚災害」に危機感を高め、まずはBCP(事業継続計画)の策定に取り組んだと語る。
「2018年に発生した西日本豪雨が転機になりました。JR山陽本線が約100日間不通となり、約4400本の貨物列車が運休を余儀なくされ、西日本向けの鉄道コンテナ輸送数は大きく減少しました。その間、荷主さまは船舶やトラックなど他の運送手段に切り替え、サプライチェーンを維持しました。貨物列車の運行再開後もコンテナ輸送数は完全には戻りませんでした。荷主さまからすれば、BCPの観点から鉄道コンテナ輸送に頼り切ることはリスクだと認識されたのだと思います。2018年以降、鉄道コンテナ輸送量は直近のピークから2割も減ってしまいました。今後さらに災害の激甚化が進む中、災害対応への遅れや不作為は、業界全体、そして当社にとって死活問題だと実感したのです」
そこで、関谷社長はBCPの策定に取り組んだが、社内で割ける人的資源が乏しく、実質的に社長一人で進めるしかない状況だった。しかし「当時は防災や減災に関するノウハウがなかったため、計画が途中で行き詰まってしまったのです」(関谷社長)。
そんな悩める関谷社長に、救いの手が差し伸べられたのはその数年後。地元の多治見商工会議所が、「事業継続力強化計画(ジギョケイ)」を推進する個別相談会を開催したことがきっかけだった。「ジギョケイ」とは、経済産業大臣が認定する防災・減災の事前対策計画で、独立行政法人中小企業基盤整備機構から派遣される専門家が、企業の課題や対策を深掘りしながら計画策定までサポートをしてくれる。2022年6月に中小機構中部本部の仲保吉正アドバイザーとジギョケイ策定についての個別相談を実施した関谷社長は、中小機構中部本部にアドバイザー派遣による計画策定のサポートを依頼した。「仲保さんをはじめとする中小機構中部本部の皆さんは、BCPに関するノウハウが豊富でした。また、ジギョケイは自然災害にフォーカスされた内容であり、当社のニーズと合致していました。月に一度当社でミーティングを行いながら進めたのですが、我々が苦手とする言語化や的確な問いかけをしてくださり、計画策定に至るまで伴走してくれました。この支援には本当に感謝しています」と関谷社長は話す。
「連携型」により地方をまたいで実現した事業計画
ジギョケイには自社のみで行う「単独型」と、複数の事業者で取り組む「連携型」がある。多治見通運では単独型の計画を策定したあと、「連携型」による計画策定を目指し、ほかの地域で運送を行う事業者へ相談を持ちかけた。
「もともと鉄道コンテナ輸送は、日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)さんと通運業者が、コンテナをリレーのバトンのように『つなぐ』チームプレーで成り立っています。荷主さまと貨物駅の間は通運業者がトラックで、中間の駅と駅の間はJR貨物さんが貨物列車でコンテナを運びます。当社では全国各地の同業者と協力して、遠方から発送された荷物の入ったコンテナを多治見や名古屋の貨物駅で受け取り、中京エリアに配達したり、反対に中京エリアの荷主さまの荷物の入ったコンテナを貨物列車で全国に発送したりしています。時には、船舶も経由して沖縄まで送ることもあります」と関谷社長。
ジギョケイによる連携を打診した企業は、いずれも多治見通運とすでに取引のある関係ではあったが、関谷社長は一社一社に自ら出向いて面会を行い、企業連携の重要性を伝えて回ったという。その結果、北関東2社、西日本4社の同業者が、そしてJR貨物との連携が実現し、2023年4月に「連携型ジギョケイ」が認定された。当時、多治見通運のサポートを行った仲保アドバイザーは、連携型ジギョケイ策定までの流れを振り返り、次のように話す。
「地方をまたいだ大規模な連携計画が実現したのは、ひとえに関谷社長の熱意の賜物だと思います。ジギョケイはあくまで仮定の話なので、事業計画として具体化するのが難しいことがあります。企業によって経営事情はさまざまであり、リスクマネジメントに対する考え方も違います。今回のケースでは幸いなことに、各社とも自然災害に対する危機感を共有できていたことがわかり、連携計画の策定はトントン拍子に話が進みました」
企業が手を取り合うことで災害リスクを乗り越える
多治見通運が中心となり策定した連携計画では、中京・北関東間のコンテナ輸送の場合、激甚災害などで東海道本線が不通となるケースを想定。長野県の2カ所のJR貨物駅で、多治見通運と北関東2社のトラックがコンテナを交換する「クロスドック」を行うというものだ(下図参照)。被災を免れた道路をバイパスとしてコンテナ輸送ルートを確保する。交換されたコンテナを積んだトラックはそれぞれの地元に戻り、運行している貨物列車へコンテナをつなぎ、輸送を完結させる。JR貨物が貨物駅のコンテナ積み下ろし機を提供し、鉄道網が不通となってもバックアップすることで、計画の実現性が高まった。すでに2度の訓練を実施し、ノウハウの蓄積を続けている。
「北関東向けに自社トラックでの長距離輸送も考えたのですが、ドライバーの労働環境改善に向けた“2024年問題”などもあって実効性が維持できるか不安がありました。その中で、JR貨物さんのご協力が得られたのは本当に幸いでした」と関谷社長。今後、さらなる連携強化とノウハウ蓄積のため、西日本の連携事業者4社との訓練も計画中だ。
仲保アドバイザーは「ジギョケイを策定したとしても、なかなか定着させられないケースもあるのですが、多治見通運さんの場合は、社内でも企業連携体においても、策定した計画内容をしっかりと根付かせています」と目を見張る。ジギョケイ策定にあたり、自社の将来を担う幹部社員も参画させたという関谷社長は「現場をよく知る人間をジギョケイの策定に参加させなければ、頓挫したBCPの二の舞になると思っていました。それが、実効性がある内容にするには不可欠な条件でした。現場を預かる人間に緊急性はありませんが、重要性の高い仕事を任せることで、広い視野、高い視座で物事を考える人材育成の機会にもなりました」と話す。
「災害はどこで起きるかわかりません。それゆえ災害に備えたリスクマネジメントは、輸送インフラを担う鉄道コンテナ輸送にかかわる者にとって共通のミッションだと考えています。私達のジギョケイは、連携企業全体での運送効率など、実効性を考えて最適化したものですが、蓄積したノウハウが他のエリアの同業者にも共有・展開されればと考えています。鉄道コンテナ輸送の発展に、ぜひ役立ててほしいです。そして多くの会社がジギョケイに取り組むことで、災害時でも物流インフラが分断されにくい社会が実現するのではないでしょうか」