少子高齢化が進む中、中小企業が抱える課題の一つは「人材の確保・定着」だ。その解決に向けて、東京都が立ち上げた新規事業「東京の未来の働き方推進事業」について、東京都 産業労働局の阿久澤達也氏と、事業の運営を担うアデコ株式会社の市川純太氏に聞いた。

多様な働き方を実現するための地図作りをサポート

人口減少と少子高齢化による企業の労働力不足は、決して地方だけの問題ではない。近年は都市部でも人手不足が大きな課題となっている。

特に中小企業にとっては人手不足の深刻さは増すばかりだ。ここ数年は、多様な働き方への配慮や、企業と働く人のポジティブな関係性の構築も不可欠だ。さらに、2024年4月からは、運送業や建設業などにおいて、これまで猶予されていた時間外労働の上限規制が始まり、人材確保がますます厳しくなったと頭を抱える経営者も多い。

こうした中、「未来の東京」戦略を掲げる東京都は、企業の多様な働き方や生産性の高い新しい働き方の実現を後押しする「東京の未来の働き方推進事業」を立ち上げた。

東京都産業労働局雇用就業部労働環境施策担当課長 阿久澤達也氏は、事業立ち上げの経緯をこう語る。

「人手不足に加え、物価高など企業にとって収益が期待できない苦しい状況が続いています。企業が働き手を確保しながら、持続的な成長を実現していくためには、DXなどの新しいテクノロジーを活用しながら、働き方のステージを底上げしていく必要があります」

東京都が思い切った施策に踏み切った背景には、19年に施行された「働き方改革関連法」を、企業に根付かせたいという思いがある。施行から5年が経過し、「働き方改革」という言葉自体は広く浸透して、実際に取り組む企業も増えた。しかし一方で、改革に取り組んではいるものの、効果が見えないという企業も多い。なぜ働き方改革はうまく進まないのだろうか。

その理由について、「『人財躍動化』を通じて、社会を変える。」をビジョンに掲げ、誰もが自分らしくいきいきと働ける社会の実現を目指す総合人財サービス企業・アデコ ソリューションセールス事業部事業企画部アカウントディレクター 市川純太氏は、「働く人に十分にフォーカスされていないため」と指摘する。

「働き方改革に企業・経営者目線は当然必要ですが、それを運用していくのは働き手の皆さんです。働く人にフォーカスして進めていかなければ、企業の文化や社風として定着しないでしょう。また、今の若者世代は就職先を選ぶとき、仕事のやりがいと同じくらい労働条件も重視するので、多様な働き方ができない企業には人がますます集まらなくなるということが起きてきます。もはや『うちは、働き方改革は関係ない』という企業は、一社もないと思います」(市川氏)

本事業の運営は、このアデコが担う。人財サービスの豊富なノウハウと経験を軸に、働き手と企業を「ビジョン」でつなぎ、働き手のニーズにフォーカスした新しい働き方を創出していくことを目指す。

今回、東京都が東京都内に事業所を構える中小企業に的を絞ったのは、都内企業の実に約99%が中小企業だからだ。都内の中小企業に勤める人がやりがいを持って働けば、おのずと企業の生産性が向上し、ひいては都民の生活が豊かになって誰もが元気に暮らせる社会が実現できると都は考えている。

「働き方改革は、ゴールではなく、あくまで手段。真の目的は、全ての人が自分らしくいきいきと笑顔で働き、働き手と企業の双方が持続的に成長できる社会を目指すことです」(阿久澤氏)

東京都と協業し、事業を作り上げるアデコは、意気込みを次のように語る。

「経営者と働き手双方の声を拾い上げることにより、お互いに納得した形で改革を進めることができます。『やる』と決めたらすぐに実行できるのが中小企業の強み。自信を持って行動に移せるよう支援していきます」(市川氏)

中小企業各社が働き方改革を進めるための地図作りをサポートしたいと考える東京都は、本事業を五つのコンテンツで進めていく。

「まずは、多様な働き方や生産性の高い働き方を広く知ってもらうために、年に2回『未来の働き方推進フォーラム』を開催します。多様な働き方やDX活用に取り組む企業の事例紹介、著名人による講演などを行う予定です」(阿久澤氏)

さらに、「未来の働き方推進フォーラム」を契機に、積極的に働き方改革に取り組み、一定の要件を満たした企業を「東京サステナブルワーク企業」として登録する。登録企業になると特設サイトに名前が載るほか、ITコーディネータや中小企業診断士などがテクノロジーを活用した取り組みを支援する「未来の働き方コンサルティング」を無料で受けられるなどの特典も用意している。

「登録はウェブサイトから簡単に行えます。登録企業になれば、就活生など求職者への良いアピールになりますし、登録時は項目をチェックしながら、自社の取り組み度を確認できるので働き方診断としても役立ちます。登録を目指す企業に向けて社会保険労務士などの『専門家派遣』を無料で行う取り組みもありますので、改革への思いはあっても実行は難しいという企業は、ぜひ本事業を活用して、まずは登録から始めていただきたいと思います」(阿久澤氏)

さらに、働き方改革を継続的に行ってもらうために、年に1回、登録企業の中から、テクノロジーを活用した「未来の働き方」を実現する企業を表彰する。登録企業の中で先進的な取り組みをしている企業を表彰することで、後に続く企業を増やしたいという狙いがある。

「中小企業の経営者の方は日々の業務に忙しく、大変だと思います。ですが、こうしたフォーラムなどに参加し、同業・異業種の事例を知り、専門家のアドバイスを受けることで、高い視座から未来の時間軸で自社の経営を見つめ直すことができれば、事業継続のヒントになると思います」(阿久澤氏)

中小企業には、マンパワー、ナレッジ、資金調達という三つの課題があると話すアデコの市川氏。「人不足、資金不足でできないと思っていることも、テクノロジーを使えばできる場合もあります。その身近かつ具体的な事例をフォーラムやアワードで知ることで、やってみようという気になる。そこが重要だと思っています」(市川氏)

働き方には「これが正解」というものはなく、未来は誰にも分からない。
「だからこそ東京都は中小企業の皆さまと一緒に学びながら、新しい働き方や職場作りを応援していきたいと思っています」(阿久澤氏)