美容室向けヘア化粧品のリーディングカンパニーであるミルボン。1960年の創業以来、商品を通じた体験価値の提供を追求する同社は、2020年に美容室専売の商品を顧客がオンラインで購入できるECサイト「milbon:iD」を開設し、会員数を伸ばし続けている。ミルボン、美容室、顧客という「BtoBtoC型EC」の成功例として注目を集めるこのストアはどのように生まれたのか。ミルボンの坂下秀憲社長とECサイトの開発、運営を支えるecbeingの林雅也社長が語り合った。

美容室でのサービスを起点に「リアルをデジタルに拡張」

【林】美容室にとってヘアケア商品の販売は、店舗の売り上げ、利益を確保するためにやはり重要になりますか。

【坂下】カットやヘアカラーの売り上げは、1日でできる客数が決まっていますから上限があります。そのため、多くの美容室にとって商品の販売は経営上重要なものになっています。ただそれ以上に大切なのは、お客さまのニーズに応えるという観点です。髪質やダメージなどそれぞれに悩みを持つお客さまは、自分に本当に適したシャンプーやトリートメントを求めている。実際、当社の調査(※)によれば「美容室で販売されているヘアケア商品に魅力を感じる」という人は約6割に上ります。しかし、「商品が切れる時期と来店する時期が一致しない」などの理由で「商品を買いにくい」と感じている人もまた6割ほどいるのが現状です。

【林】買いたいけれど、買いにくい――。このギャップを解消することが顧客体験の向上になるわけですね。

【坂下】そのとおりです。ただし、当社の商品は対面カウンセリングが必須。プロが顧客とリアルに接して初めて最適な商品を選択でき、適切なアドバイスも可能になります。単に商品が買いやすければいいわけではありません。

【林】まさにそこが「milbon:iD」のポイントです。当社はこれまで1600超のECサイトを構築してきましたが、今回の案件は「リアルとデジタルの融合」というより、「リアルをデジタルに拡張する」という新鮮なものでした。オンラインストアには全国の美容室が出店し、商品の価格を自由に設定できる。そしてお客さまは普段通っている美容室でカウンセリングを受け、個別に振られたIDを使って初めて会員登録が可能になります。

【坂下】はい、あくまで美容室でのサービスが起点です。誰もが購入できてしまうと、当社、美容室双方のブランド価値を守るのが難しくなります。おかげさまで会員数は毎年20万人以上増えており、現在約70万人。100万人の達成も視野に入っています。美容室顧客への直送型の商品販売は、2000年代の初めに電話やFAXで受注する方法も試みましたが、手間や送料の問題でうまくいきませんでした。今回、およそ20年来の夢を実現できました。

※ミルボン「ヘアケアに関する意識調査」2022より(3カ月に1回以上美容室を利用している男女 n=800)。

ecbeingのECサイト構築プラットフォームを活用して作られた「milbon:iD」
美容室から発行される専用のIDを使って登録を行うことで、いつでも欲しいタイミングで美容室専売の商品を購入できる「milbon:iD」。サイト運営や受注、商品発送業務などはミルボンが行うため、美容室には物流業務の手間が掛からない。ヘアケアに関するQ&Aなど、顧客に役立つ情報も掲載されている。

300を超えるシナリオで細かくアフターフォロー

【林】BtoBtoC型ECで重要なのは真ん中の「B」、今回なら美容室にとって運用しやすいものであることです。受注や決済、発送をどう処理するか、さまざまなパターンが考えられますが、「milbon:iD」において美容室が行うのは基本的にカウンセリングとIDの付与のため、本質的な業務に集中できます。

【坂下】それでいて、IDはお客さまと普段通っている美容室をひも付けていますから、オンラインで商品を購入しても美容室に売り上げが計上されます。今回のECには販売代理店も間に入っていて、事業モデルは相当複雑。ecbeingさんは、それをしっかりシステムに落とし込んでくれました。

【林】新たにビジネスを立ち上げるのに近い、やりがいのある仕事でした。当社が提供するのは、セミオーダー型のECプラットフォーム。標準機能を土台に、カスタマイズ性を備え、依頼主の要望に細かく応えられるのが特徴です。

【坂下】「milbon:iD」でも、その特徴が十分生かされています。加えて感心したのは、御社スタッフの現場感覚です。こちらが業界特有の話をしたり、新たな要望を出したりしても理解が早く、課題解決の選択肢をすぐに提示してくれる。これに助けられました。

【林】ありがとうございます。多様な業種のECを構築する中で培ったノウハウを生かすことができたと思います。ただ、スピーディーに対応できたのは、ミルボンさんが提供したい価値がはっきりしていたからでもあります。本来対面販売の商品をECでいつでも買えるようにして、美容室の利益につなげる。この明確なコンセプトが、EC自体を明確で強靱きょうじんなものにしています。

【坂下】お客さまの潜在的なニーズに応え、美容室業界の未来に貢献したい。確かに、その思いは初めから変わりませんでした。

左/坂下秀憲(さかした・ひでのり)
株式会社ミルボン
代表取締役社長
2001年にミルボン入社。MILBON USA, INC.President、取締役経営戦略部長などを経て、24年1月より現職。「milbon:iD」の立ち上げもリードした。
右/林 雅也(はやし・まさや)
株式会社ecbeing
代表取締役社長
1997年にインターネット通販をスタート。そのノウハウを生かしてECサイト構築パッケージを開発し、提供する。日本オムニチャネル協会専務理事。

【林】開設後、顧客のファン化に向けて顧客情報の活用にも注力していますね。

【坂下】ecbeingさんが提供しているCRMツールを使って情報を分析し、メールでアフターフォローをしています。シナリオは全部で300を超え、商品の容量から使い終わる時期を割り出し、それに合わせてメールを送るといった取り組みもしています。

【林】丁寧なコミュニケーションは顧客のロイヤリティーを高める条件の一つです。今後は、美容室ごとの顧客情報の活用、マーケティングもお手伝いできればと思います。

【坂下】リアルとデジタルの垣根をなくしていくことは今や時代の要請です。私たちは、専門知識を持つ美容師のアドバイスの下、お客さまが店頭でもネットでもショッピングできる「スマートサロン」を美容室と協働展開したり、美容室でお客さまに使用したヘアケア商品や仕上がりのヘアスタイル写真を「milbon:iD」のマイページに連携するサービスを始めたりしています。まさにそうした中では、日々蓄積されていく顧客情報の活用が鍵になると思っています。

【林】カウンセリングなど店舗で直接行うのに向いていること、継続的な情報発信や関係性の強化などデジタルに向いていること、双方を掛け合わせることでまだまだ新たな価値を生み出せるはずです。ミルボンさんの挑戦を後押しする企業の一社として、これからの取り組みを楽しみにしています。

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