これからのビジネスは、「プロジェクト化」の時代
食べるスープの専門店「スープストックトーキョー」をはじめ、セレクトリサイクルショップ「パスザバトン」、ネクタイブランド「ジラフ」など、数々の事業やプロジェクトを仕掛けるスマイルズ。
2000年の創業から今日に至るまで、遠山氏が社内において注力してきたのは、スタッフ一人一人が、仕事を「自分ごと」にする仕組みだった。遠山氏は、「仕事を自分ごと化する」ことは、今後ますます重要になると指摘する。
「これからのビジネスは、『プロジェクト化の時代』になると思っています。映画製作の現場をイメージしてみてください。恋愛映画を製作するなら、その作品にふさわしい監督、俳優、カメラマン、ヘアメークなどのスタッフが集まり、作品が完成したら解散する。そして、時代劇をつくる時には、新たに時代劇が得意な監督や俳優を集めてチームをつくる……。つまり、同じ人たちがずっと同じ場所にとどまるということはあり得ないわけです。ビジネスの現場も同じ。メンバーとして選ばれ続けるためには、その人が会社に対してどんな面白いプロジェクトを提案できるか、自分のネットワークを活用してどんなビジネスプランを手繰り寄せられるかという『個の価値』が勝負になる。そういう時代には、個人の『気付き』や『ユニークネス』が、何よりも大切になってくるのだと思います」
ビジネストリップで「自分だけの物語」に出合う
遠山氏は、そうした個人の「気付き」や「ユニークネス」を得るための機会として、「出張=ビジネストリップ」の効用を挙げる。
「もちろん、ビジネストリップには目的がありますから、ビジネスパーソン個人として、その目的を達成することは大前提。ただ、決められた時間と行程の中でも、自分なりの発見はできると思うんです。私自身は、ビジネストリップに出かけたら、たとえ昼食一つでも『何でもいい』にはしたくないですね。駅前のちょっと寂れた裏通りを歩いてみて、気になるうどん屋を見つけたら、そこに入って食べてみる。タクシーに乗ったら、運転手さんに積極的に話しかけて、地元の話を聞いてみる……つまり、その時、その場所でしか体験できないことを大切にしたいんです。体験から生まれる『自分だけのストーリー』を探しているんです」
ビジネストリップを自分の興味・関心のために使うことをちゅうちょする人は多いだろう。しかし遠山氏は、普段の何げない生活や旅の中から生まれた『個人的な思い』こそ大切にすべきだと強調する。
「近年は、ビジネスシーンにおいても多様性が重んじられ、副業を容認する企業も増えてきました。せっかく旅に出る機会を得たのだから、自分の興味や関心に素直になって、そこで得たひらめきや感動を、自分の肥やしにしていったら良いと思います。『ここまでが仕事で、ここからがプライベート』なんて線を引くことは、どだい無理な話。もしも『それは公私混同だ』なんて言う人がいたら『いや、自分にとっては公私同根なんだ』と言い返してやればいいんです」
思えば、三菱商事の社員だった遠山氏が「スープストックトーキョー」のアイデアを思い付いたのも、「スープを飲んでホッと一息つく女性の姿」が頭に思い浮かんだことがきっかけだったという。そこには、「これがあれば世界が大きく変わるんだ」という遠山氏の「ときめき」が込められていたに違いない。
「まるで子供のように純粋なワクワク感と、ビジネスパーソンとして押さえておくべきこと、これを絶妙なバランスで繰り出すことによって、人は耳を傾けるし、共感してくれる人も集まるのだと思います。その意味では、ビジネストリップで『あえて迷子になってみる』というのも面白いと思っています。迷子になることで、何かを拾う、何かを見る、何かに出合うというのも新しい姿じゃないでしょうか」
対面で話をするからこそ「ときめき」が得られる
コロナ禍をきっかけにオンラインツールが急速に普及し、リアルに対面することなくビジネスコミュニケーションが行える時代がやって来た。しかし、ビジネスにおいて「人と会う」「現場を見る」ことの価値は、ますます高まっていると遠山氏は言う。
「18年に『ぴあ』というサイトで始めた『今日もアートの話をしよう』という連載が、媒体を変えて今も続いています。鈴木芳雄さんという元ブルータスの副編集長と2人で、『会いたい人に会うために旅をする企画』なんです。直近では、太宰府天満宮の西高辻信宏宮司、ノットアホテルの濱渦伸次さん、建築家の石上純也さんに会いに行って話を聞きました。もちろん、オンライン上で対話することもできますが、同じ空間の中で顔を見ながら、時には一緒に飲みながら話をすることでしか得られない『ときめき』があるし、往復の新幹線の中で思索にふけるのも、私にとっては、かけがえのない大切な時間なんです」
今は個人の「気付き」や「ユニークネス」が求められる時代。ビジネスパーソンには、新たな価値を発見し、そこに参加したいという魅力を放つだけのエネルギーが自分にあるか? と問われることになる。そして、そこで大切なのは、会社の看板や肩書などではなく、「自分は何をする人なのか?」「自分の価値は何か?」であると遠山氏は重ねて強調する。
ビジネストリップを通じて、多くのビジネスパーソンが「公私同根」、つまり、生きることと働くことを同一のものと捉えるようになれば、世の中に「ワクワク」や「ドキドキ」があふれる、豊かな時代がやって来るに違いない。
1 “公私同根”でいい
2 あえて迷子になる
3 人と会ってときめく