全国的に少子高齢化や人口減少が進む中、政府はデジタル技術の活用による地域活性化を目的とした「デジタル田園都市国家構想」を進めている。この先導役として、2022年4月に石川県加賀市、長野県茅野市、岡山県吉備中央町の3自治体を「デジタル田園健康特区」に指定。現在、3自治体は地方が直面する困難をデジタル技術の活用で克服したモデルとなるべく、連携して健康・医療分野の課題解決に挑んでいる。加賀市の宮元陸市長に、地域が抱える課題や今の取り組み状況、今後のビジョンなどを聞いた。

データ駆動型社会を目指し医療版「情報銀行」を構築

――デジタル田園健康特区の概要と、特区指定の背景となった加賀市の地域課題について教えてください。

【宮元】デジタル田園健康特区は国家戦略特区の一つで、デジタル技術を活用して健康・医療に関する地域課題の解決に取り組む自治体を指定し、その地域のデジタル化や規制改革を推進するものです。

宮元 陸(みやもと・りく)
石川県加賀市長
1956年、石川県生まれ。法政大学法学部政治学科卒業。衆議院議員秘書を経て、99年4月から石川県議会議員(4期)。県議会副議長・県監査委員・県議会運営委員会委員を歴任したのち、2013年10月から現職。21年11月のマニフェスト大賞において、マニフェスト推進賞〈首長部門〉最優秀賞を受賞。

一方、わが加賀市の最大の課題は人口減少で、2014年には日本創成会議によって「消滅可能性都市」の一つと指摘されてしまいました。基幹産業の観光は長らく低迷が続いており、人口減少にも大きな影響を与えています。そのため、私は就任以来、デジタル技術を活用して新しい産業を育てることや、産業イノベーションを起こすことに力を注いできました。

そうした中、国による「スーパーシティ構想」の募集に応じ、22年に長野県茅野市、岡山県吉備中央町と共に、デジタル田園健康特区に選んでいただきました。今は、特区の強みを生かして新しい産業を起こし、何としても消滅可能性都市から抜け出したいという思いでいっぱいです。

大事なふるさとを次代につなぐためには、産業の育成に加えて暮らしやすさの向上も不可欠です。現在、特区指定を機にさまざまな取り組みを加速させています。

――その一環として、加賀市は日本初の医療版情報銀行の構築や、加賀市版スマートパス構想を進めていますね。

【宮元】医療版情報銀行は、市民一人一人の健康・医療・介護情報のデータベースのようなもので、本人の同意を得て収集した情報を、健康寿命を延ばすために活用してもらおうという試みです。将来的に、本人の同意の下で医療機関や行政への情報提供も可能になれば、地域の医療サービスを向上させる上でも、フレイル予防をはじめとする健康管理情報を個別に届ける上でも大いに役立つでしょう。

ただ、そうしたデータ駆動型社会を実現するには、個人情報の取り扱い範囲に関する規制の見直しが求められます。加賀市では、特区の強みを生かして情報銀行における医療情報の取り扱いを先行実施し、その課題や成果を国と共有することで規制改革に貢献していきます。個人情報の扱いに関しては市民や国民の信頼を得ることが非常に大事ですから、この点にも率先して取り組んでいきたいと思っています。

また、加賀市版スマートパス構想は、顔認証の技術を活用して市民の利便性を高め、暮らしやすさを向上させていこうという取り組みです。高齢者も無理なくデジタルサービスを活用できるよう、まずは病院へ行く際の交通機関や受診・決済を手ぶらで、顔認証だけで済ませられるシステムを構築しました。これは間もなく実証実験に入ります。今後は加賀市医療センターや児童遊戯施設などに導入する予定で、将来的には地域社会での買い物や移動全てに実装したいと考えています。

――デジタル田園健康特区には3自治体が指定されています。連携して課題に取り組むことで、どのようなメリットがあるのでしょうか。

【宮元】3自治体は地理的に離れている上、地域環境も行政の仕組みも異なります。これらの自治体が連携して情報共有を進め、それを各地域の特色に合わせて活用していけば、他の地域のモデルケースとなるでしょう。前述の医療版情報銀行も、茅野市や吉備中央町と意見交換しながらより良い施策にして、最終的には全国各地に波及させることができたらと思っています。

地方では、大都市と違って目に見える形で人口が減っていきます。深刻度が高いぶん課題解決に対しても強い思いを持っています。地方が国家戦略特区に指定されることの意義はここにあります。私たち3自治体はこの指定を最大限活用して、共に地方発の課題解決モデルをつくっていく所存です。

消滅可能性都市から脱却して挑戦可能性都市へ

――加賀市独自の取り組みにもユニークなものがありますね。

【宮元】特区指定を活用した取り組みとしては、日本での起業を目指す外国人や海外企業に対するものがあります。在留資格要件を緩和する特例が使えるほか、23年度中には開業手続きを一カ所で行える「開業ワンストップセンター」も運用を開始します。

また、スタートアップの受け皿として「加賀市イノベーションセンター」の整備も行いました。オフィスとして使用できるコワーキングスペースやインキュベーションルームのほか、3Dプリンターなどの設備もそろっています。起業を支援する環境を整えることで多くの方に来ていただき、地域に新たな産業が育つことを願っています。

同時に、国際的なロボットコンテスト「加賀ロボレーブ国際大会」の開催や学校教育でのプログラミング授業などを通して、デジタル人材育成にも力を注いでいます。

――加賀市、茅野市、吉備中央町3自治体の取り組みは、特に地方からの注目度が高いと思います。意気込みをお聞かせください。

【宮元】私たち3自治体は、しっかり連携して政府の掲げる「デジタル田園都市国家構想」のモデルをつくっていくというビジョンを共有しています。そして、これからの日本で必要とされる医療版情報銀行のようなシステムモデルを、全国での活用に向けて実証していくことが使命だと考えています。

14年に指摘された消滅可能性都市は全国に896あります。各自治体が自ら努力しなければ消滅は現実となり、最終的には日本全体の沈没につながりかねません。私たちには、デジタル技術をもってその危機を克服したモデルケースとなる責任があります。

加賀市は、消滅可能性都市から脱却して「挑戦可能性都市」となることを目指します。ふるさとを子どもたちの代につなぐために、そして日本の未来を開くために、他の自治体や新しい産業を生み出す意欲のある方々と一緒に挑戦を続けていきたいと思います。

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