気づかれない「境界知能」だったKさん

赤子の殺害の事実だけを記事で読めばKさんのことをサイコパス的な、まるで理解不能な人間、その行動は常識が通じない身勝手なものだと思われた方もおられるかと想像します。

Kさんの事件の判決は2021年9月に下されました。裁判長は「就職活動への影響を避けるべく、自らの将来に障害となる女児の存在をなかったものにするため殺害した。身勝手で短絡的だ」と述べ、懲役5年の実刑判決を言い渡しました。

でも果たして、「身勝手な人間だからこんな犯罪を行った」のでしょうか。実は、この事件にはある背景がありました。

公判前の検査では、被告人のIQは74で「境界知能」に相当していたのです。境界知能は、図表1のように正常域と知的障害の間に追加されるイメージです。

一般に、IQ70以上は知的障害とは判定されません。しかし、IQ70~84は、何らかの支援が必要とされる「境界知能」に当たります(図表2)。

「知的障害グレーゾーン」とも呼ばれる境界知能は統計学上、人口の約14%が該当します。成人でおよそ中学3年生程度の知的能力です。障害ではないので、行政の支援の対象外です。行政の福祉サービスを受けるには、療育手帳を取る必要がありますが、境界知能では、通常は手帳は取れません(ただし、発達障害で手帳を取れる可能性はあります)。

今、声を大にして申し上げたいのは「発達障害でも知的障害でもない境界知能の人たち」の存在です。今の福祉サービスでは、知的障害の人が受けられる支援や発達障害の人が受けられる支援の両方から外れてしまうのです。

後先を考えて行動するのが苦手

先述したKさんは、裁判中に「自首」や「あやめる」といった言葉が理解できず、ごまかすために笑うなどして裁判長がいらだつ場面があったと報じられています。また、「自首を考えなかったのか」と問われ、「自首ってなんですか」と問い返し、「そんな制度があるなんて知らなかった」と答える場面があったそうです。

それでも、彼女の知的能力は「低いとはいえ正常範囲内で大きな問題はない」と裁判所では判断され、懲役5年の実刑判決が下されます。

一般的に、知的障害をもつ人は、後先を考えて行動するのが苦手です。境界知能の人にもその傾向はあります。これをやったらどうなるのか? 先のことを想像するのが苦手なのです。とくにあわてて何かをしなければいけないときに、後先を考えずに場当たり的に判断し、突発的な行動をしがちです。

真相はわかりませんが、Kさんは、計画性があったわけではなく、突発的に殺害してしまった可能性もあります。弁護側は最終弁論で「被告には、エントリーシートを埋めるようアドバイスをする人もいなかった。事件についても、相談できる人がいれば起きなかった」と主張したそうです。