人生100年時代が到来するも、100歳まで生きたい人は3割未満
――高齢化が進む中で日本における100歳以上の人口は増え続け、2022年には90,526人と過去最多を突破しました。その一方で御社の100年生活者調査では「100歳まで生きたい」と考える人は28%にとどまっています。長生きをしたいと思う人が多くないのはなぜなのでしょうか。
【大高】100歳まで生きたいと思うかについては、年代によってはっきりと傾向が異なることが分かっています。「100歳まで生きたい」と思う人は20代で36.8%と高く、30代からは下がり続けて60代で底を打ち、70代以降は再び上昇して80代以上が38.3%と最も高くなっています。特に40代~60代で低いのは、それまで描いていた人生とのギャップが大きいせいかもしれません。60歳くらいまで働いてその後は引退して悠々自適と思っていたのに、急に「あと40年もある」と言われてしまい、戸惑う人は多いでしょう。
もう一つ、自分自身が幸せであるという自己肯定感と、100歳まで生きたいという意向には強い相関関係があることも分かりました。日本人は総じて自己肯定感が低いと言われていますが、自己肯定感の低さが100歳まで生きたくないという意識につながっているとも考えられます。
【近藤】国連の世界幸福度ランキング2021年度版によれば、ランキング上位には北欧諸国が名を連ねていて、日本は56位と順位が低くなっています。北欧の社会保障制度の善し悪しは別として、年を重ねることに不安を感じないことが幸福度につながっている可能性はあるでしょう。
――well-beingという言葉自体は、戦後まもなく世界保健機関(WHO)が提唱していますが、一般の人に広く知られるようになってきたのは最近のことです。何か要因があるのでしょうか。
【近藤】要因は主に3つ考えられます。1つ目は社会的要因で、経済成長やお金があることだけが幸せではないという認識が、政府にも国民の間にも高まってきたことです。2つ目は学問的要因です。「幸福学」で知られる前野隆司氏の研究によれば、幸せな人は創造性や生産性が高く、寿命も長いということです。これはまさにwell-beingに対する学問的な裏付けだと思います。3つ目はマーケットが生まれてきたことです。SDGsも当初はそれほど盛り上がりませんでしたが、生活者がSDGsに取り組む企業を応援するようになってから一気に広がりました。well-beingについても、同様の広がり方をしていくのではないかと考えています。
従来の上限を超えて、65歳以上にまでマーケット対象を拡大すべき
――Hakuhodo DY Matrixがwell-beingを掲げた活動をするようになった経緯を教えてください。
【近藤】Hakuhodo DY Matrixは博報堂DYホールディングスの下にある博報堂、大広、読売広告社に続く4つ目のブランドエージェンシーとして設立された会社です。会社設立に当たって一つの明確な方向性を打ち出したかったこと、また私たちのサービスがミドルシニアをターゲットにするものが多かったことから、そうした強みを生かすためにもwell-beingを打ち出しました。well-beingを打ち出すに当たり、私たち自身もwell-beingな会社であるためにさまざまな取り組みを行っています。労働時間や給与体系は簡単に変えることができませんが、変えることができる範囲で社員が自由に考えたり遊んだりできる活動を意識的に増やしています。
対外的には朝日新聞社とwell-beingアワードを開催しました。これは多様な幸福と健康に向き合い、認め合える社会づくりに貢献したwell-beingな「商品」「サービス」「活動」を表彰するものです。多くの企業に興味を持っていただき、40社以上から応募がありました。
――3月20日には「100年生活者研究所」を設立し、大高さんが所長に就任しました。研究所を設立した背景について教えてください。
【近藤】博報堂に生活総合研究所があるように、私たちがwell-beingな活動を加速するに当たり、何か一つ分かりやすいものが欲しいと思ったことが理由の一つです。もう一つは私たちのビジネスのターゲット層である、50代、60代、あるいはそれ以上の年齢層の人たちについて、もっと知る必要があると考えたことです。これまでマーケットの対象はせいぜい65歳が天井でしたが、100年時代においてはもっと上の年齢層についても知る必要があります。そこで、こうした世代についてより深く学ぶために研究所を設立しました。
大高が所長に選ばれた理由は、一つには多様性の時代において女性の所長が望ましかったこと。もう一つはやはりマーケッター出身であることです。大高は企業のマーケティング戦略立案を担う専門職として、これまで1,000件以上のファシリテーターを務めるなど、まさに適任者でした。
【大高】所長の声がかかったときは、素直に光栄でうれしいと思いましたが、その反面不安もありました。私はずっと現業をしていたので、研究は未知の領域だったからです。しかし、まさに自分自身が50代になってこれから先の生き方を考えていた時期でもあり、人生100年時代を予見する研究所の取り組みは私にとっても非常に重要なテーマでした。研究所の設立に当たって近藤から受けたオリエンテーションは、とてもシンプルでした。とにかく「社会にとって良いこと」をして「シンプルに面白いこと」をし、最後に「目立て」と(笑)。
巣鴨には超高齢社会をwell-beingに生きるヒントが隠されている
――研究所の設立とあわせて巣鴨に「100年生活カフェ」をオープンされました。巣鴨を選んだのは近藤さん、そこでカフェをやると決めたのは大高さんだとうかがっています。まさしくお二人のコラボレーションですね。
【近藤】巣鴨がいいと思ったのは、分かりやすさとマーケットが近い場所にあること。その観点からすると、巣鴨がベストでした。
【大高】巣鴨と聞いたとき、私も「それだな」と感じました。巣鴨はシニアの原宿としても有名ですが、多くの人が来るということは、それだけ地元の人がおもてなしをすることに長けているということでもあります。つまり、町全体が「100年生活者の町」なのです。とてもゆっくり動くエスカレーターがあったり、地蔵通り商店街は段差が少なく歩きやすかったりなど、巣鴨は町全体がシニアフレンドリーです。そこにはきっと、人生100年時代をwell-beingに生きるヒントが隠されているはずなのです。
カフェを選んだのは、その方がより本音を聞けると感じたから。私はマーケッターとしてこれまで数え切れないほどの調査を行ってきましたが、調査会場のような場所にいきなり連れてこられて「さあ、話してください」と言われても、なかなか本音は引き出せません。その点、カフェならば日常生活の延長線上で気楽な気持ちでおしゃべりができます。そうした中で、少しずつ皆さんのお話を聞くことができればいいと考えています。
――特にターゲットとしている層はありますか。
【大高】まずは地元の人に来ていただきたいと思っています。地元の人に来てもらい、例えばスマホの操作などのちょっとした困りごとを解決する中で話ができる場所にしたいと思います。
次は観光などで巣鴨を訪問する、できれば75歳以上の人ですね。実は調査会社もなかなか75歳以上の人の声を集めることは難しいので、そうした人たちとつながれる場所になればいいと思います。
3つ目は私のように人生100年時代において、自分の行き先を迷っている50代、60代の人です。100年生活者とはシニアに限らず、若い人ももちろんそうだと考えていますので、いずれは多くの人に利用してもらえる場所になればいいと願っています。また、カフェで生の声を集めるのと同時にLINEでもアンケートを取り、定期的にニュースやレポートの形で発信していくことも計画しています。
――最後にお二人の今後の展望を教えてください。
【近藤】こういう時代だからこそ、100年を楽しくハッピーに生きる先導役となるのが私たちのミッションであり、最大の目標です。もう一つはwell-beingというのは、何も健常者だけのものではないということも広めたいと考えています。たとえ病院に入院していたとしても、その人なりの幸せがあるはず。そこまで広げて、大きな意味でのwell-beingに貢献する会社でありたいと願っています。
【大高】well-beingで私が一番大切だと思っているのは、継続するということです。一瞬の幸せだけではなく、その幸せな状態を継続していくことこそがwell-beingの本質だと思うからです。研究所の取り組みも、最初の頃は小さな発見が多いかもしれません。しかしやがては点の発見を線に変え、面に変えて、仕組みにまでしていくところが大きな目標であり、野望です。生活者から発露される新たなアイディアを拾い上げて、町づくりや世の中を作っていくお手伝いができればうれしいと思っています。