介護認定面接中に叔父が失禁

叔父の認知症がさらに進めば、必要なとき必要な書類にサインができなくなる可能性がある。そうなる前にやっておくべきことをノートに書き出し、ひとつひとつ片付けていく。まずは地域包括支援センターに連絡し、介護認定の手続きに入る。ただこの二人、ウチの老父母以上に手が掛かるのだ。

「実は、民生委員さんから連絡をいただいて何度か訪問してはいたのですが、特に困ったことはないし、夫婦二人で問題なく暮らしているとおっしゃっていたので。まさか、そんなに大変な状態だったとは思っておりませんで」

介護認定の面接にやって来た地域包括支援センターの介護支援専門員から報告を受ける。忘れていることを忘れている当人たちは、困っているという認識もなければ、自分たちが置かれている状況を客観的に捉えることもできない。案の定、叔父叔母共に、何を聞かれても「特に問題はない」と答えている。

ただそのとき、ある意味幸運なことにアクシデントが起こる。面接の最中、叔父が失禁してしまったのだ。このところ叔父がちょくちょく失禁するというのは、事前に叔母から聞いていたので、紙パンツは用意してある。

高齢者のオムツ
写真=iStock.com/Toa55
※写真はイメージです

「叔父さん、ズボンが濡れちゃったみたいだよ。トイレに行って紙パンツはいて、ズボンも着替えてこようね」

叔父と叔母がトイレに行っている間に、

「一緒に暮らしているわけではないので細かいところまでは把握できていないんですが、気がついたところだけはまとめておきましたので」

老父母の面接時同様、運転免許証失効からの諸々と、気づいたことを箇条書きにしたA4の用紙を専門員に手渡し、「失禁は日常茶飯事みたいで。いつ来ても、何を聞いても、ボーッとしてるんですよね」口頭で付け加える。

「そうですか? 失禁がはじまったってことは、認知症が一気に進んでしまった可能性がありますよね」

専門員とそんなやり取りをしていると、叔父と叔母が戻ってくる。

「前回の面接のとき、貞吉さんは高血糖高血圧ということで糖尿病の薬を処方されていると伺いましたけど、お薬はきちんと飲んでいますか」

介護支援専門員に聞かれた叔父が、「病院へはもう行ってねーよ」と、のんきに答えた。叔父が糖尿病だということ自体、寝耳に水だ。保険や預貯金どころか、自分の身体の管理もできていなかったとは……。呆れかえるどころか諦めの境地になる。だからといって、放っておくわけにはいかない。

「叔母さんは、知ってたの? 叔父さんが糖尿病だってこと」

「知ってたけど、本人がもういいって言うから」

いいって言うから、じゃないでしょ! 以前から、ありとあらゆることを人任せにし、自分では何ひとつ決めることができない人だと思ってはいたが、夫の健康に関わることまでも放置していたとは……。

叔父夫婦から放たれる嫌な臭いの正体は……

「先ほど、喉が渇くとか、身体がだるくて一日中ウトウトしているっておっしゃってましたけど。失禁や認知症の症状が出はじめたのも、糖尿病が原因ということも考えられますので、とにかく大至急、病院で検査をしてもらってください。介護認定の際には、ドクターの診断書も必要になりますから」

「わかりました。すぐに予約して連れて行きます」

老父母の病院への付き添いだけでもてんやわんやの大騒ぎだというのに、さらに叔父叔母の付き添いが加わるとは……。これは修行か! はたまた罰ゲームか! 思わず天を仰ぐ。その後も初耳のオンパレード。

「ほかに、何か変わったことはありませんか。普段の生活で」

「ご飯のとき、『お袋はまだ帰ってこないのか』って言ってみたり、『お袋を呼んでくるわ』って、亡くなったお義母さんを探すような素振りをしたりして。『お義母さんはお墓にいるのよ。お墓参りに行きたいの』って聞くと、『いねーんなら仕方ねえなあ』って諦めるんですけど」

叔母からの突然の告白に、私は目が点になる。

「お風呂は毎日入ってますか?」

「一週間に一度入ればいいほうだよね」

……ということは、一週間以上入らないこともあるってこと? 今度は目玉が飛び出しそうになる。叔父と叔母を銀行や警察に連れて行ったとき、叔母が3日続けて同じブラウスを着ていたのと、汗臭さと、失禁によるオシッコ臭さと、加齢臭が入り交じったような嫌な臭いがしていたので、もしや……と思ったのだが。なるほどそういうことだったのか。

「お風呂に入るのが億劫になってしまったんですか」

「この人が入らないって言うのに、私一人だけのために沸かすのもね」

こかじさら『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』(WAVE出版)
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倹約家の叔母らしい答えに、この日何度目かの太いため息をつく。

「叔父さんが入らなくても、叔母さんだけでも入ればいいじゃない。お風呂を沸かすのが面倒ならシャワーだけだっていいんだから」

思わず割って入るが、

「私は、シャワーっていうのが嫌いで、湯船に浸からないとお風呂に入った気がしないんだよ」叔母に悪びれる様子はない。

叔父叔母共に、元々の性格なのか年を取って億劫になったのかはわからないが。家全体にしても着ている洋服にしても、掃除や洗濯が行き届いていないのは明らかで。できれば近寄りたくない。そんな負のオーラを醸し出している。そんな二人の面倒を見なければならないのだから、こんな状況が長く続けば苛立ちが嫌悪感に変わりかねない。

こかじ さら

1958年千葉県生まれ。中央大学専門職大学院国際会計研究科修士課程修了。出版社勤務を経て2010年よりフリーライターに。2016年『アレー!行け、ニッポンの女たち』(講談社)でデビュー。ほかの著書に『それでも、僕は前に進むことにした』『彼女が私を惑わせる』(共に双葉社)、『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』(WAVE出版)。