生産者だから気付く課題を知るために現場へ
種苗会社の重要な仕事の一つが品種開発だ。自社の研究農場で花や野菜を育てて、交配をし、できた種を採種する。この種をまいて、再び交配する。これを何世代も繰り返し、目的とした形質や性質を発揮する新品種を生み出していく。
「例えば2016年、当社は世界初の無花粉のトルコギキョウの開発を発表しました。一般に、花は受粉するとその役目を終えてしぼんでしまう。そこでおしべを退化させ、花粉が出ない品種を開発したのです。営業時代、私はこの品種を千葉県のある農協に紹介しました。もともとその地域はトルコギキョウを栽培していなかったのですが、今や国内有数の産地となっています」
一つの提案が産地の発展に貢献することもある。それができるのは、サカタのタネの営業担当が各地の生産者や流通業者に足を運び、それぞれの環境や特性を的確につかんでいるからだ。
ただ、同社と生産者の関係は単に“メーカーと顧客”にとどまらない。現在商品企画に携わる平栗氏が全国の花卉生産者を訪問する主たる目的。それは、新たな品種の試験栽培の状況を確認することである。
「育種の最後のプロセスは、実際に生産者の圃場で花の栽培を行う『試作』になります。気候や土壌などが異なる場所で栽培することで、自社の研究農場では分からなかった課題が見つかることもある。花の咲き方はもちろん、茎の伸び具合、枝の分かれ方など、さまざまな環境でしっかり生育するかどうかを確認してからでなくては市場には出せません」
画像でもおおまかな確認はできるが、正確に花の色味や質感を見極めるのは難しい。また、オンライン環境が整っていない生産者も少なくない。ならば北海道でも九州でも、直接行った方がいいというのが平栗氏が多いときは月の半分を出張に割いている理由だ。
「もう一つ出張の大きな目的は、現場のリアルな反応を知るためです。『開花までちょっと時間がかかるな』『丈が思うように伸びないね』。実はこうした感覚的な意見が商品開発の貴重なヒントになる。生産者は、“花の声”を私たちに伝えてくれる大事な存在なのです。社内には、ブリーダーと呼ばれる“育種”のプロがいますが、一方で日々花と向き合っている生産者の皆さんは“栽培”のプロ。お互いのノウハウや感性が融合してこそ、優れた品種を生み出すことができるのです」
独創的な提案によって市場の変化を後押ししたい
今の時代、現場で培われた勘や経験より、ロジックや客観的なデータが重視されがちだ。しかし考えてみれば、どちらか一方を選ぶ必要はない。本来、両者は補完的な関係にあるべきだろう。
「入社当時、ある生産者の方に言われた言葉が強く記憶に残っています。『植物の栽培は教科書どおりにはいかない。だから何事も素直に吸収することが大切』。これは現在、私自身のポリシーにもなっています。自然相手の仕事は思いどおりにいかないことも多いけれど、そこには新たな発見がある。まさに教科書には書かれていないことを見つけるために、私たちは日々現場に出向いているといえます」
“ニーズに応える”と口で言うのは簡単だ。しかしそのためには、まず何より真のニーズを捉えなければならない。地道に足を使い、その作業を行うことをサカタのタネは大事にしている。加えて同社には、創業以来蓄積してきた豊富な遺伝資源がある。国内外でつかんだ多様なニーズを具体的な形にする資源も併せ持っていることが、業界での優位性につながっている。
コロナ禍で家に花を飾る人が増えるなど、近年、市場を取り巻く環境は変化している。「それは花の世界にまだまだ未知の可能性があるということ。当社ならではの独創的な提案によって市場の変化を後押ししていければと思います」と平栗氏は言う。
わずか数ミリの小さな種を通じて、野菜や花の業界に新たな価値を提供するサカタのタネ。その取り組みは、これからも続いていく。
Business trip for Innovation─会いに行く、が今日を変えていく─
- "人が集まる場所"には必ずその理由がある。そこで見つけた「面白い」が商品開発のヒントになる
- 現場だから見える課題、聞ける本音がある。そこにお客さまの求める最適解が隠れている
- 栽培のプロの勘や経験と蓄積してきた遺伝資源を掛け合わせることで世界が認める"種"ができる
- 予期せぬアイデアが現場には眠っている。生地に触れ、人と話す、これが欠かせない