新たな時代にふさわしいオフィスづくりのソリューションとして「木や緑」の活用が注目されている。「温かい」「リラックスできる」といった多くの人が抱くイメージには科学的根拠があり、メンタル面、フィジカル面にさまざまなプラスの影響が及ぶことが明らかになってきた。組織の基盤強化はもとより、脱炭素社会の実現にも貢献できるとあって、企業ニーズのさらなる高まりが予測される。

「木を見る・触れる」で人間の心はどう変わる?

ホットコーヒーのカップを持った人と、アイスコーヒーのカップを持った人、それぞれに複数枚の人物写真を見せたところ、前者は「温かい人」、後者は「冷たい人」と回答する割合が高かった──。米イェール大学のジョン・バーグ教授らが行ったこの有名な実験は、環境がもたらす身体的な刺激が、心理的な印象に影響を及ぼすことを示している。

では、その環境が「木や緑」であったなら人間にはどのような変化が起こるのか。住友林業の研究開発施設「筑波研究所」では1990年代後半から、木や緑の特性が心や体に及ぼす影響に関する研究を続けてきた。多様なアプローチの実験を通じて効果・効用を評価し、企業課題を解決するオフィスづくりの提案などにつなげている。

森林・木材・建築の各領域を一貫して手掛ける、世界的にもユニークな住友林業の研究拠点「筑波研究所」。木のイノベーショングループを含む7グループが一体となって研究開発を推進中。写真は木造3階建ての新研究棟。ゼロエネルギービルディング(ZEB)実現を視野に省エネ・再エネを促進している。

筑波研究所「木のイノベーショングループ」グループマネジャーの根本孝明さん、チームマネジャーの苅谷健司さんによると、人が木や緑に対して抱く「ぬくもりがある」「優しさを感じる」といった感情のメカニズムに迫る、興味深い研究成果が蓄積されているという。

「イェール大学の実験に倣って大学生の男女20人にアルミ製、木製のキーボードを使っている状態で架空の人物について評価してもらいました。木製キーボードの使用時に“社会的に望ましい”との印象をより強く持ったことから、木に触れていると周囲の人に対して“いい人と感じやすい”と言えそうです」(根本さん)

こんなデータもある。「木質空間、白色の壁紙空間で35人の被験者を対象に、ゲーム中の感情変化を反映する脳波の値を比較しました。あえて仲間外れにする状況をつくり出したところ、木質空間では排斥感が低く示されました。木には不安やイライラの低減効果があると考えられます」(苅谷さん)

組織の活性化を期待して導入に踏み出す企業が増加

同じく木質空間と白色の壁紙空間で気分や知能の変化も測定した。短時間だと良好なパフォーマンスを発揮したのは白色の壁紙空間だが、過ごす時間が長くなるほど良い成績を残したのは木質空間の方だった。木は疲れにくく、思考力の低下を緩やかにする、そんな傾向も浮かび上がった。(下図『気分評価(後半)の結果』)

出典:「木質空間・非木質空間の差異が作業中の感情および疲労度に与える影響」2014年度日本建築学会大会 河村・苅谷・永井

「オフィスの内装の木質化は、働く人の心を落ち着かせるだけでなく、疲労の軽減、生産性の向上などにおいて非常に有効である、私たちの実験結果がそのエビデンスになり得ると考えています」(根本さん)

事実、社員のウエルビーイング向上やエンゲージメントの強化などを目的として、木や緑を取り入れたオフィスづくりが着々と広がっている。人間には自然とつながりたいという本能的欲求があり、自然と触れ合うことで健康や幸せを得られると提唱する「バイオフィリア仮説」に基づく「バイオフィリック・デザイン」への関心も高まるばかりだ。誰もが感覚的に理解しやすい概念であることに加えて、筑波研究所では導入につながるように検証を続けている。

住友林業が施工を担当したアロマテラピー専門メーカー、フレーバーライフ社の7階建て木質ハイブリッドビル(東京都国分寺市)に勤務する社員からは「社内のコミュニケーションが活性化した」「リラックスした状態で働いている」「通うのが楽しいとアロマテラピースクールの生徒たちが言っている」といった声が届いているという(※)

また、研究所そのものも巨大な実証フィールドとして機能している。2019年に竣工した木造新研究棟では「オフィス空間で知的生産性を向上させるレイアウト」などの検証を進めており、鉄筋コンクリート(RC)造りの旧研究棟と比較して、研究員たちの生産性が5.4%向上した。直近では緑のレイアウトの検証も進めている。

※(参考)「内装木質化した建物事例とその効果」(公益財団法人 日本住宅・木材技術センター)

筑波研究所の検証結果を取り入れた住友林業のオフィス。

脱炭素社会の実現へ木の利用促進は「必然」

木の利用促進は持続可能な社会の実現を目指す時代の「必然」といえる。10年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が制定され、低層の公共建築物は原則として木造化を図ることになった。21年には脱炭素社会実現をより強く意識した法改正がなされ、対象は一般の建築物にも拡大した。

住友林業も22年2月、脱炭素社会に向けた長期ビジョン「Mission TREEING 2030」を策定した。長期に炭素を固定する木材を建築物に活用することで脱炭素化への貢献を目指している。「木や緑を取り入れたオフィス」は、企業のSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みを社外に向けてしっかりと印象付けていく上でも大きな効果があるだろう。またDX、新しい働き方への対応、人材の確保といった課題を乗り越え、新たなアイデアを生み出す土台ともなるはずだ。

「オフィスに置く木材の種類や、使用面積、部位などの違いによる効果・効用の検証も進めています。また、パソコンやスマホを介したオンラインでのコミュニケーションにおいて、木や緑をどのように活用できるのかなど、研究テーマはどんどんアップデートされています」(苅谷さん)

人類がRC造りの建物に囲まれた都市環境で暮らすようになったのは、ここ100年ほどのことだ。気付かない間にたまっていくストレスにさらされている社員をケアし、良好なパフォーマンスを発揮してもらうために、自社にはどんな「木や緑」が適しているのか。まずは課題を明確にすることから始めてみてはいかがだろうか。