期待が大きいほど、期待が満たされないときの反動が大きい

知覚便益はずっと高評価で、分子は変わっていません。分母の知覚コストの中の心理コストですが、このコストは完全に主観的です。何がストレスであるかは、人によって違います。人気のスイーツ店と同じ感覚で、並んで待つことも混んでいることも気にしない人もいます。しかし、ゆったりとした居心地のいい空間をスターバックスに求める顧客には、混んでいることや騒がしいことはストレスになります。

JCSI(日本版顧客満足度指数)調査では、スターバックスは「顧客の期待」という項目では2014年からずっと1位です。期待が大きければ、そのぶん期待が満たされないときのストレスも大きくなります。分子が一定でも、分母の心理的コストが大きくなると、知覚価値は減少します。コストパフォーマンスが悪いという評価になります。

では、多様なニーズを取り込み顧客基盤の拡大を目指す戦略は間違いでしょうか。スタバが提供する顧客体験に共感できる意識の高い系の人だけというような客層の絞り込みを行うと、市場が頭打ちの状態になります。綿密な市場分析は行って、有望な市場があるなら当然進出するべきです。事業が拡大すれば、売り上げが上がるだけでなく、納入業者へ値引き交渉力が強まる、ブランドの顕示効果が高まる、顧客情報を獲得しやすくなるなどの多くのメリットがあります。

2つの課題を解決する方法は

スターバックスは、単にコーヒーを売るのではなく、居心地の良さを体験できる場所を顧客に提供するという理念で成長してきました。ところが、この理念と相入れない拡大戦略を採らざるを得ないところにスターバックスの課題があります。こう見ると、「コストパフォーマンスが良くない」と「店舗の雰囲気・居心地が良くない」という批判の根本原因は同じです。

スターバックスが直面している課題は、この矛盾する目的のバランスをどう取るのかです。私のゼミで、スターバックスに課題の解決策をプレゼンテーションしました。混雑状況を作り出す1つの原因である店内でパソコン作業などをする長居する客にどう対処するかに関して、同社の森井久恵CMOは「それは私達もとても気にかけている点で、あまりひどい場合はお声がけする」という返答でしたが、もう少し積極的にIT技術を使い、近隣のスターバックスの混雑状況が分かるアプリの導入、店舗で席の譲り合いを促す仕組みなどを提案しました。

次に、商品開発などの新しいアイデアの創出を、スターバックスを頻繁に利用するゴールドスター会員と一緒に取り組む「価値共創」という提案をしました。多くのゴールドスター会員が商品企画に参加することで、作り手と見えない絆を作り出し、情緒的価値を高めようという取り組みです。この取り組みは、西友が「みなさまのお墨付き」というプライベートブランドで成功しています。

しかし、これらの提案は、サードプレイス復活に対する効果は限定的です。プレゼンの終わりに森井CMOから「店舗以外でサードプレイスを考えたことはあるか」という質問がきました。モバイルオーダーとテイクアウトスタイルに重点を移すというのがスターバックスの解なのかもしれません。

岡部 康弘(おかべ・やすひろ)
獨協大学経済学部教授

英国カーディフ大学で博士号取得。International Journal of Human Resource ManagementやAsian Business&Managementなどの学術誌に、仕事に関する価値観の日英比較の研究論文がある。