2019年に行われた顧客ロイヤルティスコア調査で、スタバはコメダ珈琲店、ドトールコーヒーに敗北を喫し、最下位となりました。上質なコーヒーと接客で情緒的価値の最大化に成功したブランドに対して、顧客からの不満が高まった理由とは。獨協大学経営学科の岡部康弘教授が解説します――。
スターバックスのカップと新聞
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顧客ロイヤルティスコアが最下位に

スターバックスは、新型コロナウイルス感染症の拡大影響に伴い、店舗の休業・営業時間の短縮を実施したことにより2020年は大幅な減収となりました。それでも依然として売上高、店舗数ともに断トツの1位で、日本の数あるコーヒーチェーンの中で圧倒的な人気を誇っています。

一方で、課題もあります。2019年にエモーションテックの今西良光氏が行ったコーヒーチェーン大手3社のNPS(顧客ロイヤルティスコア)調査では、コメダ珈琲店、ドトールコーヒー、スターバックスという順で最下位でした。評価項目では「コストパフォーマンス」と「店舗の雰囲気・居心地の良さ」が、顧客ロイヤルティに与える影響は大きいのに、推奨度が低いことが目立っています(図表1)。

※NPSは、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。

図表1:スターバックス NPS®に影響を与える体験
※出所:エモーションテック「コーヒーチェーンNPS(顧客ロイヤルティスコア)調査」

「コストパフォーマンス」とは、提供された商品やサービスの質とその価格を比べて利用者が感じる納得感で、利用者が認識する価値、知覚価値ともいいます。

コストパフォーマンスが最大の課題

スターバックスのコストパフォーマンスの評価が低い要因を今西氏は直近の値上げの影響と分析しています。しかし、日本生産性本部が行ったJCSI(日本版顧客満足度指数)調査からは、コストパフォーマンスの評価が低いのは一時的な現象はなく、恒常的であることが見て取れます。知覚価値(コストパフォーマンス)という項目で、スターバックスはコーヒーチェーン7社の中で2014年の3位を最後に5位以下という評価が現在まで続いているのです。

情緒的価値を最大化することに成功したが…

知覚価値(コストパフォーマンス)は、機能的価値と情緒的価値に分けられます。機能的価値は、商品やサービスそのものが有する価値です。目に見える価値です。これに対し、情緒的価値とは、商品やサービスを利用することでもたらされる精神的な価値で、目に見えない満足感や充足感などの感情に訴えかける価値です。

あらゆる業界で日々技術が進展し次から次へと新商品が開発されていくような状況下では、品質がいいというのは当たり前で、機能的価値だけでは差別化は難しいと考えられています。これに対し、情緒的価値は、他社に真似されにくく価格競争に巻き込まれないため、利益率の高い商品を生み出せます。

スターバックスは、家でも職場でもない「サードプレイス」をコンセプトに、上質のコーヒーとマニュアルがなくパーソナルで心温まる接客サービスを中心に、座り心地がいい椅子や高級感ある内装で、居心地のいい空間を提供することを目指してきました。スターバックスは、スタバが提供する顧客体験に共感できる意識の高い人が集まる、少し値段が高いけど、オシャレで洗練された場所というイメージを構築し、多くの人を魅了してきました。この点でスターバックスは、情緒的価値を最大化する仕組みづくりに成功してきたといえます。

名古屋のスターバックスの店舗
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拡大戦略で増えた熱狂的ファンからの不満

しかし、スターバックスは拡大戦略を採り、多様なニーズを取り込むため豊富なメニューやドリンクのバリエーションを提供しました。特に季節ごとに販売される新作のフラペチーノは若者たちの間で注目の的となりました。その結果、幅広い客層を受け入れることになりました。都心に立地するスターバックスの店舗に関する口コミサイトでは「いつも混んでいる」「店内が騒がしい」「落ち着けない」という批判が多く見られます。居心地のいい雰囲気を求める意識が高いスターバックスの熱狂的なファンから見ると、サードプレイスというコンセプトを理解しないあまり品の良くない顧客層がそれを妨げていると感じるかもしれません。

知覚価値(コストパフォーマンス)は、知覚便益を知覚コストで割れば求められます。知覚コストとは、商品の購入などの金銭的コスト、並んで待つなどの時間コスト、ストレスなどの心理的コストです。スターバックスは、JCSI(日本版顧客満足度指数)調査の「知覚品質」という項目でも2014年からずっと1位です。顧客は、スターバックスのコーヒーやドリンクの味、接客サービスを評価していることがわかります。

期待が大きいほど、期待が満たされないときの反動が大きい

知覚便益はずっと高評価で、分子は変わっていません。分母の知覚コストの中の心理コストですが、このコストは完全に主観的です。何がストレスであるかは、人によって違います。人気のスイーツ店と同じ感覚で、並んで待つことも混んでいることも気にしない人もいます。しかし、ゆったりとした居心地のいい空間をスターバックスに求める顧客には、混んでいることや騒がしいことはストレスになります。

JCSI(日本版顧客満足度指数)調査では、スターバックスは「顧客の期待」という項目では2014年からずっと1位です。期待が大きければ、そのぶん期待が満たされないときのストレスも大きくなります。分子が一定でも、分母の心理的コストが大きくなると、知覚価値は減少します。コストパフォーマンスが悪いという評価になります。

では、多様なニーズを取り込み顧客基盤の拡大を目指す戦略は間違いでしょうか。スタバが提供する顧客体験に共感できる意識の高い系の人だけというような客層の絞り込みを行うと、市場が頭打ちの状態になります。綿密な市場分析は行って、有望な市場があるなら当然進出するべきです。事業が拡大すれば、売り上げが上がるだけでなく、納入業者へ値引き交渉力が強まる、ブランドの顕示効果が高まる、顧客情報を獲得しやすくなるなどの多くのメリットがあります。

2つの課題を解決する方法は

スターバックスは、単にコーヒーを売るのではなく、居心地の良さを体験できる場所を顧客に提供するという理念で成長してきました。ところが、この理念と相入れない拡大戦略を採らざるを得ないところにスターバックスの課題があります。こう見ると、「コストパフォーマンスが良くない」と「店舗の雰囲気・居心地が良くない」という批判の根本原因は同じです。

スターバックスが直面している課題は、この矛盾する目的のバランスをどう取るのかです。私のゼミで、スターバックスに課題の解決策をプレゼンテーションしました。混雑状況を作り出す1つの原因である店内でパソコン作業などをする長居する客にどう対処するかに関して、同社の森井久恵CMOは「それは私達もとても気にかけている点で、あまりひどい場合はお声がけする」という返答でしたが、もう少し積極的にIT技術を使い、近隣のスターバックスの混雑状況が分かるアプリの導入、店舗で席の譲り合いを促す仕組みなどを提案しました。

次に、商品開発などの新しいアイデアの創出を、スターバックスを頻繁に利用するゴールドスター会員と一緒に取り組む「価値共創」という提案をしました。多くのゴールドスター会員が商品企画に参加することで、作り手と見えない絆を作り出し、情緒的価値を高めようという取り組みです。この取り組みは、西友が「みなさまのお墨付き」というプライベートブランドで成功しています。

しかし、これらの提案は、サードプレイス復活に対する効果は限定的です。プレゼンの終わりに森井CMOから「店舗以外でサードプレイスを考えたことはあるか」という質問がきました。モバイルオーダーとテイクアウトスタイルに重点を移すというのがスターバックスの解なのかもしれません。