芸術に打ち込むことで得られる多様な力がある

2020年に創立50周年を迎えた名古屋芸術大学。音楽、美術、デザインの各界に優れた人材を送り出す一方で、卒業生の約7割は一般企業に就職し、ビジネスの現場でも高い評価を得ている。芸術系大学で学んだ人材の特性、強みとは──。同学の竹本義明学長とトヨタ自動車の副社長やセブン&アイ・ホールディングスの社外取締役などを務めた清水哲太氏が語り合った。

領域を越えて学べるボーダーレスな環境を

竹本義明(たけもと・よしあき)
名古屋芸術大学 学長
1949年生まれ。72年に武蔵野音楽大学を卒業し、名古屋フィルハーモニー交響楽団に入団。89年に同楽団を退団、名古屋芸術大学常勤講師に。名古屋芸術大学音楽学部長、生涯学習センター長などを務め、2010年より現職。

【竹本】名古屋芸術大学の基本にあるのは感性教育です。芸術でも、その他の分野でも、物事の意味や価値を深く感じ取る力は欠かせない。学生が多様な学びの中で感性を高められるよう、本学では2017年に学部の壁を取り払う改革も行いました。

【清水】いまや企業も収益だけを追求すればいい時代ではなくなりました。社会との調和が強く求められる中、人材には総合的な視点から物事を判断する力が要求されている。まさに感性はそれを支える大事な要素でしょう。さまざまな事象の背景や本質を理解するのに必要なものです。

【竹本】はい。今、エグゼクティブは美術館や音楽会に行って感性を磨くといわれます。それはきっと、現代が知性だけでは先を見通せない時代だからです。知性は過去の出来事を分析するのに有効で、将来が過去の延長線上にあれば力を発揮します。しかし、今は企業経営を取り巻く環境も刻々と変化している。そうした中で感覚的な発想や手法がいっそう重要になっているのだと思います。

清水哲太(しみず・のりたか)
元トヨタ自動車株式会社 取締役副社長
1937年生まれ。61年に名古屋大学法学部を卒業し、トヨタ自動車工業に入社。トヨタ自動車専務取締役、同取締役副社長、トヨタホーム代表取締役会長、セブン&アイ・ホールディングス社外取締役、全国農業協同組合連合会相談役などを歴任。

【清水】日々の事業活動においても、例えば広報や宣伝、商品開発などの部門で感性の果たす役割は大きいですね。特に商品開発は企業の生命線ですが、モノがあふれる中で消費者に新たな価値や喜びを提供することが難しくなっている。そうした状況を打破したいと、芸術系大学に期待する企業が増えているのかもしれません。

【竹本】その期待に応えるべく行ったのが3年前の大学改革です。音楽学部、美術学部、デザイン学部を芸術学部に統合し、人間発達学部とあわせて2学部体制としました。キーワードは「ボーダーレス」。各領域の科目を自由に選択できるカリキュラムによって、自身の専門とは異なる領域の素養も身につけられるようにと考えたのです。

【清水】なるほど。実は私も、大学という学び舎はもっとお互いの垣根を低くできないものかと思っていました。それが“総合力”を養うことにつながるからです。実際、社会ではボーダーレス化がどんどん進んでいて、大学は遅れを取っています。

【竹本】特に芸術大学は各学生が自分の専門だけを追求しているイメージが強い。もちろんそうした面もありますが、これまでにない作品や音楽を生み出そうと思えば、他分野の知見やノウハウにも触れ、それを取り込んでいく必要があります。私たちは、それを自然にできる環境をつくりたかったのです。

【清水】改革の効果はどうですか。

【竹本】領域の枠を越えて履修科目を取るといったことは当たり前に行われています。もともと学生が持っていた柔軟性が引き出されている印象です。また昨年度から、世界で通用するスキルを磨く独自プログラム「Worldea(ワールディア)」もスタートし、語学教育やキャリア教育も強化しました。身につけた幅広い教養は将来どんな世界に行っても役に立つはずです。

産学連携の取り組みでも高い評価を得る
名古屋芸術大学

2019年、「ららぽーと名古屋みなとアクルス」内の「名古屋みなと蔦屋書店」から依頼を受け、美術領域の学生がクリスマスの装飾を担当。サンタクロースがカフェでくつろいだり、本棚から動物たちが顔を出したり――。多くの来店者を楽しませた装飾は、芸術大学ならではのクリエイティブと高く評価された。
同じ2020年に、設立50周年を迎えた名古屋芸術大学と名古屋高速道路公社は3つのコラボレーション企画を実施。名古屋芸術大学が名古屋高速道路公社のイメージソングと50周年記念ロゴ(写真右)、そして、高速道路橋脚のラッピングアート(写真左)を制作した。ラッピングのデザインモチーフは、2026年に愛知・名古屋で開催予定の「アジア競技大会」の競技種目。

大学は人間形成において極めて重要な場

【清水】私が考える芸術系大学の卒業生の魅力は、物事に打ち込んだ経験があるということです。人は何かに熱中することによって成長する。もちろんスポーツなどでもいいですが、芸術系大学では集中して作品をつくり上げることが学びの基本にありますから。

【竹本】おっしゃるとおりです。加えて言えば、その中では協調性やコミュニケーション能力も養われます。芸術は一人でやる活動ばかりではなく、音楽にはアンサンブルもあるし、美術では共同制作も行う。与えられた条件やルールの中で最高のものを生み出すために、それぞれが連携するのはビジネスと同じです。

【清水】私はこれまで多くの企業人を見てきましたが、大学は人間形成において極めて重要な場だと実感しています。教科書での学びも大事ですが、むしろそれ以外のさまざまな経験や失敗から得たものが社会で活動する土台になる。その意味でも大学の役割は大きいと思っています。

【竹本】それを自覚し、私たちも不断の改革を実行していく構えです。来年度には美術領域やデザイン領域でコースを新設。また、「舞台芸術領域」も新設します。舞台は音楽や美術、デザインが有機的に結びつく芸術で多面的な力を培うのに適しています。いずれにおいても、卒業後に社会で活躍し、充実した人生を送れる力を学生たちにつけてもらう。それを全力で支えるのが私たちの使命です。今後も進化を続けていきますので、ぜひ名古屋芸術大学に注目していただければと思います。

名古屋芸術大学のキャリア教育
そのキーワードは“二刀流”

中川直毅(なかがわ・なおき)
名古屋芸術大学
キャリアセンター長
人間発達学部 教授
特定社会保険労務士

名古屋芸術大学では、各専門領域で習得する「大きな刀」に加え、経営や法律、経済などの基礎知識を「小さな刀」として併せ持つ“二刀流”の学生の育成を目指しています。小さな刀であるビジネス力を身につければ、物事を複眼的にとらえられるようになり仕事の幅が広がりますし、法律などの知識は自分を守る助けにもなるからです。

具体的には、弁護士や企業の管理職、社会保険労務士などを外部から招く「ハイパワー講座」を実施。これは芸術系大学ではあまり例のない「就業力」の養成を目的とした講座です。また、学内で「官民学合同説明会&交流パーティー」なども開催しています。

芸術系大学の学生が持つ「表現」への高い意識や自らの考えを発信する力は、ビジネスでも大いに求められています。キャリアセンターの一つの役割は、それを多くの学生に気づかせることだと認識し、多様な活動を進めています。