フランス最大手のソフトウェア会社、ダッソー・システムズ。自動車産業をはじめ、数多くの日本企業が、同社のテクノロジーを導入している。主に設計や製造現場向けソフトウェア製品群の開発元として知られるが、2012年に「3DEXPERIENCE®プラットフォーム」を発表し、医療や都市開発など対象市場を広げている。昨年12月に日本事業のトップに就任したフィリップ・ゴドブ氏に同社のテクノロジーとものづくりの未来について尋ねた。

エンジニアとして日本企業と共に歩んできた

――日本では自動車産業をはじめ、数多くの企業がダッソー・システムズのテクノロジーを導入し、開発や設計に役立ててきました。日本のものづくりを支えてきた重要なテクノロジーの1つですね。

弊社は、ラファールやミラージュで知られる仏ダッソー・アビアシオンの設計システム部門が、1981年に独立して誕生した会社です。日本の製造業では、80年代から弊社のCADシステムは広く活用され、ともに技術を高めてきたところがあります。

私自身も日本で働くのは、これで3度目になります。私は1999年にダッソー・システムズに入社し、翌年に来日してホンダ(本田技研工業)さんの担当になりました。設計のサポート業務を4年あまり担当し、素晴らしいチームでホンダさんのものづくりと設計思想を学ばせてもらいました。

2004年からはアメリカでボーイング787の開発チームに参加し、サプライヤーが数百社という大規模プロジェクトのプラットフォームを構築しました。このときも重工系の多数の日本企業とご一緒しています。

2008年に再び来日し、ボーイングとの仕事で培った知見を基にしたサービスをアジア展開しました。トヨタ自動車さんをはじめ国内外の大手メーカーをサポートしつつ、韓国や中国、インドを含めたアジア全体を統括する立場です。

フィリップ・ゴドブ氏 Philippe Godbout
ダッソー・システムズ マネージング・ディレクター、ジャパン
1999年、大学卒業後にダッソー・システムズ入社。2000年に来日し、本田技研工業などを担当。2004年、米国法人でボーイング787の開発プロジェクトに参加。2008年、再来日してインダストリー・サービス・アジアのバイス・プレジデント。2012年、テクニカル・セールス・ノース・アメリカのバイス・プレジデント。2016年、バリュー・ソリューション・ノース・アメリカのバイス・プレジデント・セールス。2019年12月より日本のマネージング・ディレクター(代表)に着任。

2012年に北米を担当したときは、シリコンバレーのスタートアップ企業などを担当しました。代表的なところでは、電気自動車のテスラですね。

米国のスタートアップ企業はイノベーションによって大きく飛躍しました。製品やサービスを通して社会を変革する取り組みであり、企業内では事業構造や業務プロセスの大転換(トランスフォーメーション)を伴います。

ダッソー・システムズに入社して20年目に、弊社のCEOから「次の20年は、日本企業のトランスフォーメーションをお手伝いしろ」と言われて3度目の来日を果たしたのです。

若い人材が力を発揮できる環境が必要

――そのようなご経歴のゴドブさんから見て、今後の巨大市場は何でしょうか。

一番に挙げられるのはモビリティ市場です。自動運転、電気自動車(EV)をはじめとする未来の交通や都市構造が劇的に変化するのは間違いありません。日本の経営者の皆様は幸い、その兆しを理解されています。だからこそ新しいソリューションを求め、弊社のテクノロジーにも関心をもたれているのだと思います。

日本企業が優れている点はいくつもあります。私自身が体験したのは、開発や製造のプロセス改善に皆様がとても熱心に取り組んでいることです。特に感心したのは、新しい人材を迎え入れることの巧みさ。これまで働いてきた人たちも仲間となってともに汗をかく。グローバル基準から見ても素晴らしい文化です。

ただ現在は、イノベーションが強く求められる時代です。そのなかで積極的にリーダーシップを発揮してほしいのは若い世代です。社内のトランスフォーメーションを加速させるには、若い世代が存分に力を発揮できる環境が必要でしょう。

若い世代は、企業の進化にはテクノロジーが不可欠なことを知っています。経営者の皆様もその重要性はご承知でしょうが、リスクを恐れてかあと一歩を踏み出せない。若い世代はもう準備ができているのですから、あとは経営者の決断だけです。

ビジネスの課題を解決するプラットフォーム

――イノベーションを支援するのが御社の3DEXPERIENCEプラットフォームでしょうか。従来のシステムとはどこが違うのでしょう?

3DEXPERIENCEプラットフォームは、たしかに3Dモデルを扱うことを前提に構成されています。しかしそのコンセプトは、従来のCAD、CAMなど細分化された枠を大きく超えています。3Dモデルを活用してビジネス全体を「見える化」「つながる化」するプラットフォームであり、事業戦略や経営の意思決定までサポートするのです。

自動車を例にご説明すると、新車の設計のために構築した3Dモデルを使い、購入前のユーザーにバーチャル体験してもらうことができます。上下左右どの方向からも眺めることができ、色やオプションの比較検討や、バーチャル・リアリティ(VR)のゴーグルやグローブを使った“試乗”も可能です。

――市場開拓にも3Dモデルが活かされるわけですね。

3DEXPERIENCEプラットフォームでは、マーケティングや販売業務ともつながるということです。このプラットフォームで情報を共有すれば、開発、製造、販売、マーケティングなど各部門をつなぐコミュニケーションが活発になることは想像できるでしょう。実物さながらの3Dモデルを共有すれば、少なくとも「相手の言っていることがイメージできない」といったことは起こりません。さらにこのプラットフォームは、製造や運用に関わる要員計画の策定、事業や経営の意思決定支援までもカバーしています。

人体や都市を3D化し、疑似体験させる

――そうなれば、対象となる産業分野も広がりそうですね。

その通りです。いま弊社が力を入れている分野の1つに、ライフサイエンスやヘルスケアがあります。

たとえば、心臓に疾患がある患者さんがおられる場合、CTやMRIのデータを基に患者さんの心臓の形や動きをデジタルの3Dモデルで再現できます。それが難病であれば、離れた場所にいる専門家たちが、バーチャル空間内の3Dモデル化された心臓に同時にアクセスし、治療計画や手術の段取りを検討することも可能です。当社は2014年から心臓の3Dモデルを活用する「リビング・ハート・プロジェクト」を立ち上げ、個別化医療の実現と、患者さんのQoL(Quality of Life)向上を支援すべく取り組んでいます。

3DEXPERIENCEプラットフォームを使った心臓のシミュレーション例。タッチペンを通じて鼓動を手に感じることができる。新しい治療法の研究や機器開発、術式の検討、教育など応用範囲は広い。

――実際に動画を見ると、心臓の形や色だけでなく、鼓動まではっきりわかります。複雑な構造に動きまで加えて3Dで再現できるのは驚きです。

データさえあれば、相当に複雑な構造や動きもバーチャルの世界で共有できるのが3DEXPERIENCEプラットフォームです。弊社が手がけている中で大規模なものは、都市計画のシミュレーションです。上空から俯瞰した映像を拡大し、街なかを見て歩くような疑似体験ができます。

時間帯ごとの交通渋滞、街区ごとの気温や騒音も表示されるため、自治体はインフラ情報を細かく整理して、行政サービスに活用できます。電力供給量と消費量が将来的にどう変化していくかなどの長期的なシミュレーションも可能です。弊社にとって、これから大きな事業領域になるはずです。

3DEXPERIENCEプラットフォームを使った都市の3Dデータモデルの例。街区の状況や気温、騒音なども表示することができる。

大幅にロスが減らせ、生産性が向上する

――日本企業で長年の課題といわれるのが生産性の向上です。開発現場では、設計の手戻り、試作段階や量産段階での失敗など、時間とコストの大きなロスを生んできました。生産性の向上という点でも効果が期待できそうです。

実際にモノを作って試す前に、バーチャルの世界で問題、課題が発見できれば、大幅にロスを減らせます。廃棄物も減り、労働時間にも改善が見られるでしょう。

つまり、私たちは社会のサステナビリティ(持続可能性)に寄与できるということです。持続可能なイノベーションを達成できるよう、企業や人々を支援することこそが、弊社の存在意義です。

弊社のテクノロジーは、すでにあらゆる産業分野で活躍しています。先ほどご紹介したように、都市計画や医療分野でも貢献しています。個々の企業がサステナビリティを高めるとともに、人々や社会、地球のサステナビリティをも高めていく。それがダッソー・システムズの存在意義なのです。