家族みんなが快適ですこやかに、長く暮らせる家を。それは誰もが望むことだ。建築環境を専門とする東京大学大学院准教授・前 真之氏は、その基本として重要なのは、建物の温熱環境だという。住宅の断熱・気密性能と空調機器をはじめとする住宅設備の関係を、改めてみてみよう。

住んでようやくわかる不満と満足

新しく建てた家に1~2年住むと「思いもよらず、ここが良かった」というところがあったり、逆に「ここはちょっと満足できなかった」というところも出てきます。どのような部分に、予想外の不満や満足を感じるのでしょうか。

私が関わった調査で、5年以内に注文住宅を建て、1年以上住んでいる人1000人を対象としたアンケートがあります(暮らし創造研究会・2016年)。この調査で「建てるときに何を重視したか」と「住んでみて何に満足しているか」をたずねています。

重視した点で上位を占める「間取り(1位)」「耐震性能・構造(2位)」「デザイン(4位)」は、居住後の満足度でも上位に位置します。ところが、重視度3位の「冬の暖かさ」は、満足度では6位にダウン。「夏の涼しさ」も7位から11位に落ちています。逆に、居住後に満足を感じたものには「自然光利用」(重視8位から満足5位)、「換気・空気質対策」(同12位から8位)、「創エネルギー」(同15位から9位)などがあります。これらは、プランの段階ではあまり気にかけていなかった要素です。

もうお気づきでしょうが、「快適ですこやかな住まいづくり」では、こうした住んでから出てくる不満や、あまり気にかけない要素に、改めて目を向けてみることが大切です。とくに大切になるのが室内の温熱環境です。

健康とも深くかかわる断熱・気密性

調査で、冬に感じる不満で多いのは「暖房時に部屋が乾燥する」「床が冷たい」「脱衣室・浴室、トイレなどが寒い」「光熱費が高く感じる」などでした。

寒くもなく暑くもない、快適な温熱環境をつくるのは「断熱」と「空調」。調査対象は最近の注文住宅ですから、どちらもそれなりのレベルにあるはずですが、こういう不満が出てきます。暮らしにくいというほどではないにしても、不快感はストレスになりますから見過ごせません。

健康面でいえば、断熱の不足により居室と脱衣室・浴室の室間温度差が大きいと、血圧の急激な変動「ヒートショック」を起こすおそれが出てきます。日射遮蔽が不十分だと、夏は熱中症のリスクが高まります。ヒートショックで亡くなる人は、年間1万7000人と推定されています。猛暑が続いた昨年は、熱中症で9万5000人が救急搬送され、発生場所で最も多いのが住居です。

健康というと高齢者の話だろうと思われるでしょうが、長く住むことを考えるなら、先々への配慮も必要です。また、断熱性の低い家は、結露やそれによるカビの問題も発生しやすくなります。家の快適さは、すこやかな暮らしや建物の寿命に深く関係するのです。

断熱性能4等級でも安心できない

住宅の断熱性能は、昭和55年に省エネルギー基準が設けられて以降、たびたび強化されてきました。現在の基準は平成28年に改正されたもので、新たに電気やガスなどのエネルギー消費量の指標が加えられました。

東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻
准教授・博士
前 真之(まえ・まさゆき)

1975年広島県生まれ。1998年東京大学工学部建築学科卒業。2003年東京大学大学院博士課程修了、2004年建築研究所などを経て、2008年より現職。建築環境を専門にし、住宅のエネルギーに関する幅広い研究に携わる。真のエコハウスの姿を追い求め、暖房や給湯にエネルギーを使わない無暖房・無給湯住宅の開発にも注力している。主な著書に『エコハウスのウソ』(日経BP社)、『あたらしい家づくりの教科書』(共著・新建新聞社)など。

この通称「28年基準」に適合した家が、住宅性能表示の断熱性能4等級にあたります。しかし、それで十分だとは思っていません。制度は変更されたものの、断熱性能のレベルは20年前と変わっていないからです。

多少の暑さ寒さは、エアコンなど空調で補えばいいという考え方もあります。しかし、例えば暖房で部屋が乾燥するのは、エアコンが過剰に高温の空気を吹き出すから。室内の熱が逃げやすい家では、室温を設定温度に維持しようと無理をしてしまうのです。また、床が冷たいのはキッチンでありがちですが、これはLDの暖房の暖気が、キッチンカウンターで遮られ、行き届いていないためです。

寝室でも、就寝時に20度あった室温が、朝起きたら10度以下に下がっているのがごく普通です。断熱不足の部屋を暖房するエネルギーロスは当然、光熱費にも響きます。基本となる断熱・気密性を高くすれば、LDKの室温のムラはかなり解消されます。

また、廊下や浴室の脱衣室なども含んだ家全体の温度差をなくすには、少し費用はかかりますが全館空調が有効です。24時間全館空調でも、断熱気密がしっかりしていればランニングコストはそれほどかかりませんし、最近では部屋ごとに室温調整ができるタイプも増えてきています。

これからの目標となる住宅性能の基準

国は、地球温暖化対策として、住宅の省エネ化を推し進めています。では、28年基準よりも高い性能を持つ住宅にはどのようなものがあるでしょうか。

ひとつは経産省が普及を進めているゼロ・エネルギー住宅(ZEH・ゼッチ)です。これは断熱性能を高めたうえ、エアコンや給湯器などの設備に高効率のものを使い、太陽光発電などで必要なエネルギーをもまかなうものです。

さらに性能の高いものにHEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)が推奨するG1・G2基準があります。最も高性能なG2レベルになると、窓際で強い冷気や熱気を感じることがなく、天井付近と床上の温度差が小さく、暖房をしていないスペースもある程度の室温を保てる家をつくることができます。

快適な居住環境を研究している私の立場からすれば、住宅の断熱・気密性の基準をそこまで引き上げたほうがいいと考えています。エアコンが動いているのかいないのか、わからないほど穏やかで快適な居住空間を実現できるのです。省エネの観点からも、太陽光発電などによる創エネルギーや、家電品を含む設備の省エネ化を加えれば、光熱費もかなり抑えられます。

ただ、ZEHやG1・G2レベルの高性能住宅にしようとすれば、それなりにコストもかかります。住まいに何を求めるかで、どこに予算をかけるかは建てる方の判断によりますが、住宅の基本性能にはしっかりと目を向けてほしいと思います。

災害にも強い高断熱・省エネ住宅

冒頭で、冬の寒さに対する不満が多いと述べましたが、最近重要になってきているのは夏の暑さへの対処です。屋根や壁が日射で焼かれ、その熱が屋内に入り込んでくるからです。温暖化の影響か、近年は真夏日の続く期間も長くなってきています。

また、台風による洪水や強風で甚大な被害が頻発したことから、耐震性だけではなく、災害に強い家も求められていくようになるでしょう。これも、快適ですこやかな暮らしを得るには見過ごせない要素です。

強風に対する屋根の強度もさることながら、夏の日射を遮る軒や庇、窓を風雨から守るシャッターやルーバーなども、気にかけておいたほうがいいと思います。

災害時の停電対策では、家庭用の蓄電池を備える方法もあります。ソーラーシステムのある住宅では、夜間の電力供給用に蓄電池を標準装備しているものもあり、この蓄電池が非常用にとても役立ちます。

これからの住宅が、高断熱・省エネ化の方向へ進むのは、ほぼ間違いないと思われます。この5年ほどの間に、建物を良くして、小さなエネルギーで冷暖房しようという傾向が強くなりました。より快適ですこやかに暮らせる家をつくるには、住宅のこうした「目に見えにくい部分」の進化にも注意を払っていただきたいと思います。

(高橋盛男=文 原田圭介=撮影)