現場で積み上げてきたノウハウこそが強み
大学卒業後、シューズ、アパレルなどのB to CのEC(Eコマース)事業を展開。そこで培ったノウハウをもとにB to B事業へ進出し、創業15期目にして従業員100名弱で年商100億円超えを達成。近年ではAIを活用した教育プログラム「ビズデジ」やCRMシステムなどの研究開発にも取り組みながら、事業領域をさらに広げている――。そんなイングリウッドの成功を支えているものの一つは、「物事の本質を見据え、挑戦を続ける」と周囲が評する黒川社長の洞察力と行動力、そして堅実な姿勢だ。
新規参入が容易である一方、利益を出すのは困難とも言われるEC業界で、コンサルティングを手がけたクライアントの9割以上を増収増益に導き、支援を希望する企業が列をなす。そんな現状も、長年にわたる自社のEC事業での試行錯誤に裏付けられた知見があってこその結果といえる。
「当社の設立は、業界草創期の2005年です。B to B事業を開始したのは、その6年後の2011年。実はもっと早くから、B to B事業を手がけたいという思いもありましたが、自信を持って提供できるノウハウが蓄積できるまで時を待ちました。現在、自社の商品販売を担うセールス・ライセンス事業では800坪以上の大型倉庫とコールセンターを保有し、多彩なマーケティング手法を実践しながら10億円近い商品を仕入れ、300万人以上の顧客に向けて販売しています。そうした現場で積み上げてきたデータ、テクノロジーを活用する知見をもとに、戦略コンサルティング、マーケティング支援、サイトの制作・運営代行、プロダクト設計、コールセンターを含めたフルフィルメント構築など一貫したサービスを提供できている会社は、国内でも例がないと自負しています」
特徴的なのが、「クライアント向けのフルサポート期間は原則1年」という考え方だ。期限を設けずにサポートを継続し、安定したクライアントを確保しながら事業を続けていくほうがイングリウッドとして利益は大きいようにも感じるが、黒川氏はその手法を取らない。
「ご依頼をくださるお客様の最終的な希望は、ECを成功させた上で、それを内製化することだと思います。間接業務についてはアウトソースでコストを削減するという考え方もありますが、ECは“商品を販売する”というお客様にとってのコア事業で、内製化したほうが自社のナレッジもたまり、収益も上がる。また当社にとっても、長期的に見れば、1年契約にしたほうが社員のためになるんです。成功パターンに乗ったままルーチン作業を繰り返すのは簡単ですが、同じ景色を見続けてもそこには成長がない。自然と新しいことに挑戦できる環境をつくることが大切だと考えています」
AIを生かした研究開発
もちろん社員だけでなく、会社も挑戦を続けている。2017年にハンガリー出身のデータサイエンティストを採用し、自社で保有する約300万件の販売データを活用して、CRM分野やWeb広告分野におけるAI活用の研究を進めてきた。現在は、外資系製薬会社出身のサイエンティスト1名、研究実績のある1名がジョインし、3名となっている。
「ECでは、お客様とのコミュニケーション接点をどう築くか、という点が非常に重要です。そこにAIを活用し、精緻なデータ分析に基づくLTV(ライフタイムバリュー)予測とONE on ONEマーケティングを自動で行えるようにすれば、ECを大きく変えられる。例えば私は朝型なので、夜に来たプロモーションメールはざっと眺める程度ですが、朝に届いたものはついじっくり読んでしまいます。こうした『どんな商品のプロモーションメール/LINEを、どんなタイミングに送るべきか』といった判断は、今まで担当者の方の勘と経験に頼る部分が大きかった。AIを使って顧客一人一人のサイト利用状況や購入パターンを学習し、個別に適切な形で連絡を取るようにすれば、ライフタイムバリューも増加するはずです」
各種ECサイトでおなじみのレコメンドエンジンの機能も、AIでより進化させられる。「この商品をチェックした人はこの商品も見ている」といった従来型の提案に加え、チェックされた商品画像の色、形、価格等から類似する商品を勧めるなど、さらに高度でパーソナライズされた提案もできるようになるという。
また、蓄積したデータをもとにAIが詳細なターゲット設定を行い、販売する商品や販売の時期・数量・価格など検討しながら、マーチャンダイジングの最適化を図ることも可能。ほかにも、テキストマイニング技術を使った自然言語処理によってブログやSNSに書き込まれた感情を判断し、そこで得た顧客インサイトを分析して製品開発、品質向上、解約防止、満足度向上につなげるといったサービスも提供できる。
「現在もテーマを変えながら、多方面からのAI研究を継続しています。ごく少人数のサイエンティストが生んだものが、世の中を大きく変える可能性を持っているというのもAIの特徴。この将来が楽しみなテクノロジーを上手に活用しながら“世にあるさまざまな不便をなくし、人を幸せにする”という視点で、新たな事業機会を探していきたいと考えています」
社員に対して「こうあるべき」と啓蒙はしない
イングリウッドでは、近年、社員教育にもとりわけ力を入れている。その理由について、黒川氏は次のように説明する。
「AIは確かに優れたツールですが、それを生かすのはやはり人間です。企業というのは突き詰めていくと、所属するメンバーの力がすべて。会社を設立してしばらくは自己研鑽も社員任せで、教育の重要性に気づくのに時間がかかりすぎてしまったと反省しています。IT業界は20代〜30代が中心の世界で、40代以降のプレーヤーは多くありません。しかし1人が10人分の引き出しを持ち、スキルを掛け合わせていくことができれば、業界の内外を問わず長く活躍していける。社内の教育を充実させれば、社員に金銭面だけでなく、別の形で会社の資産を還元できると考えました」
研修内容は黒川氏自身が独学の際につまずいた点なども考慮しながら、社長自ら基本となる内容をまとめ、各界の専門家・実務家の声をもとにブラッシュアップ。ビジネスの構造/商流の理解から事業計画の読み方/作り方、サイト制作方法やWebマーケティングなど、ITビジネスにおける幅広い分野の知識を学び、手を動かしながら実践で通用する力を身に付けられるようになっている。この教育プログラムは、すでに「ビズデジ」というサービス名で他社にも提供を開始。ゆくゆくはAIも活用し、学習状況を分析、提案するような、一般顧客を対象にしたプログラムの実施も検討している。
実践的な教育プログラムを提供しながら、同時に黒川氏は多彩な人が働く組織を運営していくにあたっては、“人を啓蒙しようとしない”ことに留意しているともいう。
「当社ではおよそ1割を外国籍の社員が占め、国籍、宗教、年齢、性別など、多彩なバックグラウンドを持つ人が働いています。そうした場で個人を尊重するという観点から考えても、各人の力を存分に発揮してもらうためにも、『これはこうあるべき』という自分の考えを一方的に押しつけることがあってはいけないと考えています。また、こちらが学びのきっかけを作ることはできても、本人にその意思がなければ学び続けることは難しい。こちらは学習の機会を提供し、後は本人がパーソナリティを生かしながら、自らの力を高めていってもらえる環境をつくることができればと考えています」
学び、挑戦する人材が集い、新たな技術も積極的に取り入れながら、事業の幅を広げるイングリウッド。仕事の多忙さが増すにつれ、目の前の業務に追われがちになるのは世の常だが、同社を率いる黒川氏は変化の激しいIT業界にあって、顧客の真の要望、自社の強みと長期的メリット、スキルセットを重視した社員教育の重要性など、まさに“物事の本質”を見極め、将来に向けた手を打っている。その姿勢こそが、創業来の15期連続増収増益、そしてさらなる躍進を支える大きな力となっているに違いない。