草創期のECビジネスで頭角を現し、顧客数300万人を超える規模まで成長させてきたノウハウを生かしてB to B事業にも進出。700社を超えるクライアント企業の支持を得て、近年はAIを活用したONE on ONEマーケティングにも注力する――。そうした道筋をたどりながら、今年、創業来の15期連続増収増益を達成したイングリウッド。その原動力は、どこから生まれるのか。同社の黒川隆介社長に聞いた。

「売上高100億円」は意識していなかった

――まずは創業からの流れと事業概要について教えてください。

【黒川】当社は2005年、30万円の資本金をもとに、スニーカーの輸入卸とEC(Eコマース)を手がける企業としてスタートしました。以来、楽天、Yahoo!、Amazonなど主要モールを中心に、シューズ、アパレル、美容・健康などの分野で事業を展開。国内外からセレクトした商品の販売や海外ブランドのライセンス販売を行い、試行錯誤を繰り返しながら業界トップクラスの実績を上げられるようになりました。

黒川隆介(くろかわ・りゅうすけ)
株式会社イングリウッド
代表取締役社長兼CEO

1978年生まれ。大学卒業後にアメリカ製品のエクスポート事業をスタート。2005年、有限会社イングリウッドを設立し、取締役社長となる。2014年、株式会社イングリウッドに組織変更し、現職へ。アメリカのDEXTerNYC,CO.,LTD.CEOも兼任。セールス・ライセンス事業、データテクノロジー事業、AI戦略事業を3本柱に事業を展開する。

そこで培ったノウハウを生かして2011年から開始したのが、他社のEC販売をサポートするB to Bの事業です。近年はデジタルマーケティングにも力を入れ、現在はAIを活用したCRMシステムやWEB広告分野の研究開発も推進しています。事業部名も“データテクノロジー事業本部”としており、必ずしも“EC”という領域に絞っているわけではありません。商品企画からお客様に届けるまでのプロセスを、データとテクノロジーを使って総合的に最適化し、より高い収益を生み出すことがミッションです。近年、EC市場のなかでもD2Cや、OMOといった新たな概念が提唱されていますが、その根幹は、「データとテクノロジーを使うことで、商品と顧客をつなぐこと」だと思っております。当社は創業当時から、卸、自社EC、モールとさまざまなチャネルで、さまざまな商品を、さまざまなビジネススキームで取り扱ってきており、その幅広い経験が今になって総合的に活きてきているように感じています。

――2005年の創業というと、EC業界もまだ草創期にあった頃ですね。

【黒川】はい。EC自体の認知度もそう高くなく、楽天市場がようやく名前を知られるようになった時期です。当時ECはIT業界のなかでも周辺的なものだと見なされていました。ただ、私はECという事業には独特の魅力があると感じていました。ECはIT業界にありながら、倉庫やコールセンターなど実社会と深い関わりを持っています。しかも草創期で、成功の方法論もまだ十分に確立されていない。一つ一つの不便と向き合いながら、課題を解決していく面白さがありました。

当時、私自身がECサイトの構成やコーディング、商品写真の撮り方、広告の展開方法といったことを独学と実践を通して地道に学びながら、ECモールへ毎週のように足を運び、業界や同業他社の動向を聞いて打ち手を改善していきました。

当社は、お客様の希望商品を仕入れて販売するという予約に近いシステムも取っており、当時のEC業界では珍しかったのではないでしょうか。楽天市場での月間MVP、Yahoo!ショッピングの月間ベストストアといった賞をいただけるようになったのは、こうした積み重ねがあったからです。2011年からはそれらの実地で蓄積したノウハウをもとに、B to B事業もスタート。現在では売り上げの約60%を占める中核ビジネスとなっています。

――昨期は年商100億円を突破しました。

【黒川】グループ全体でも100人足らずの従業員数でこの数字を達成できたことを考えると、スタッフは本当に頑張ってくれたなという思いです。ただ、「売上高100億円」という数字自体は、実はほとんど意識していませんでした。経営で重視しているのは、売上よりむしろ営業利益。大学卒業後まもなく、経営の知識も十分にないまま起業してしまったため、創業当初はかなり厳しい時期を経験しました。PL/BS/CFの管理もしない力任せの経営を続け、売上は急速に延びているにもかかわらず、銀行の残金は毎月ほんのわずかということが続いてしまった……。ですから経営管理の重要性は身に染みていますね。

コンサルを手がけた企業の9割以上が増収増益

――EC企業として創業された当初から、ゆくゆくはB to Bの事業も手がけたいと考えていたのですか。

【黒川】スタート時は考えておりませんでした。ただ、海外で仕入れた商品をEC以外に一般店舗にも卸しており、そこでB to Bビジネスの魅力に目覚めたことがきっかけになりました。ECで個人のお客様からお褒めの言葉をいただくことにももちろん喜びはありましたが、卸売先に行くと、年長の経営者の方がまだ若い自分に「黒川さんのおかげでうちのビジネスも順調だ」と直に声をかけてくれる。それが大きなやる気につながり、「やがては継続的な関係のなかで、他社のサポートを行っていきたい」と考えるようになったんです。

――具体的にどのような形で、B to B事業を開始されたのですか。

【黒川】最初は自分が中心になり、自社のEC事業で試行錯誤を繰り返しながら得てきたノウハウをアドバイスとして他社に提供するという形からスタートしました。2011年というと、多くの企業は「当社も話題のECを始めてみたものの、ほとんど売れないし、改善するにもどこから手をつけたらいいかわからない」という状態です。当社はECでの販売実績がすでにありましたので、お世話になっているECモールが助言を求めている企業を紹介してくれました。

コンサルティングの過程では、通常であればお目にかかれないような大企業の経営層の方ともお会いし、当社からEC事業のポイントをお伝えする一方で、事業や経営について学ばせてもいただきました。これは本当に素晴らしい経験で、自社の経営にも生かすよう心がけました。

現在では、マーケティング支援やサイトの制作・運営代行はもちろん、「事業としてどう利益を出すか」といった点や、市場調査、プロダクト設計、コールセンター含めたフルフィルメントなども含め、既存のデータ、世の中のテクノロジーを活用した総合的なコンサルティングサービスを提供しています。データテクノロジー事業では、お客様企業とともに歩みながら、改善の成果が数字として表れるのを見ることができる。実際、9割以上のお客様が増収増益を実現され、有り難いことに弊社のコンサルティングを希望される多くの企業に順番をお待ちいただいている状態です。

挑戦した分だけ“失敗”することができる

――経営を行ううえで、大事にしていることはありますか。

【黒川】ベンチャー企業ならではの身軽さで“何事にも挑戦できる”という点を、フルに生かしたいと考えています。私は動く前に割と考えるタイプだと思うのですが、それでも人の3倍のスピードで行動するよう心がけています。人が1度挑戦する間に3倍のスピードで挑戦しておけば、仮に失敗したとしても何度も挑戦できる。すると、そこから学ぶことができ、成功の確率は上がっていきます。会社としても、あらゆる社員の貴重な失敗ナレッジをいかに継承するかが重要だと考えています。

イングリウッド社内。ワンフロアで部署を隔てる壁もなく、社長・役員も同じ空間で共に働くレイアウトに、フラットで風通しのよい組織文化が感じられる。

当社は、中国などへの越境ECにも、業界でいち早く取り組んできました。今期3年目で6~8億円程度の流通が見えてきたので、最速で10億円を目指したいと思っております。他社の成功事例を参考にできないゼロからの挑戦は苦労も多いですが、まさに失敗を重ねながら最後に成功できればいいと考えています。

新しい技術にどう向き合うかという点でも、考え方は同じ。IT業界で仕事をしていると、新しいアプリケーションやツールが次々と登場しますが、既存情報だけで可否を判断せず、まずは一度使ってみてどんな使用感か自分で体験することを心がけています。ファーストタッチの感覚を蓄積していくことで、感性が磨かれると思うからです。

――近年では新しい挑戦として、AIの研究も進められているそうですね。

【黒川】2017年より、社員であるデータサイエンティストが、当社で保有するおよそ300万件の販売データを分析しながら、CRMやWeb広告の分野でAIをどう活用できるか、研究を進めてきました。具体的には、それぞれの顧客のサイト利用状況を学習して最適なタイミングと内容で自動的にコミュニケーションを行いLTV(ライフタイムバリュー)の向上を可能にするONE on ONEマーケティングや、画像診断も取り入れながら顧客がチェックした商品に近い商品なども勧められるレコメンドエンジン、自然言語処理で取得した顧客インサイトを製品開発や満足度向上につなげるサービスなどを開発しています。

AIは“今の世にある不便を自動化し便利にしていくツール”だと私は解釈しています。今後も「商品を売る最強の集団であり続けること」という企業理念のもと、セールス・ライセンス事業、データテクノロジー事業、AI戦略事業の各分野で日々挑戦を続け、世の不便をなくして「人の幸せにいかに貢献するか」という広い視点から、事業を展開していきたいと考えています。

[取材を終えて]
人の3倍のスピードで行動する――。競争も技術の進化も激しいIT業界で、15期連続の増収増益を実現した原動力は、黒川氏の学び、挑戦し続ける姿勢にある。D2C、OMOといった最新トレンドに対しても、それを後追いするのではなく、「商品を売る」というシンプルなコンセプトに対して真摯に取り組んできた中で、結果的につながってきたという印象を受けた。最新の学びと研究をほかの事業領域に還元しながら発展を続ける。そんな同社から、次はどんなビジネスが生まれるのか。引き続き注目していきたい。