劇的だった「モデリング」の効果

そんな折、「モデリング」という人材育成法が目に留まった。左官の名人がベニヤ板一枚の大きさの壁を塗るという3分の見本動画を見習い工が見て、それを真似る。その見習い工が真似て作業している様子も動画撮影し、名人と見習い工の姿を見比べるというものだ。

「考案したのは、日本左官業組合連合会青年部本部長を務め、北海道札幌市を中心に事業展開している中屋敷左官工業の社長・中屋敷剛さん。実際に当社で、見習い工の女性にやってもらったところ、初日の動きはモタモタしたものでした。ところが2日目には、どんどん作業を進めることができたのです。かつてであれば、そのレベルになるまで1年はかかっていたはずです」

つまり、人材育成期間の大幅な短縮が実現したわけだ。ほとんどの見習い工が同じように技術をレベルアップできる点もメリットだという。

「もちろん、訓練後すぐに現場でコテを持って塗るということはありません。依然として先輩職人の仕事を『見て覚える』のが大原則ですから。ただ、自分でコテを持って塗った経験があるから、何を見て覚えればいいか、その勘所がわかります。だから成長も早くなるんです」

このモデリングを取り入れた人材育成方法に対しても、当初は現場からの反発があった。

「それまで左官の世界には、仕事を離れた場で座学や集合研修を通じた人材育成を行うOff‐JTという概念が全くありませんでしたので、ベテラン職人たちにとっては、『会社で技術を教えるなんて、もってのほか』だったのです」

ただ、どうしてもモデリングを取り入れたかった原田社長は、教育係になってほしいと考えていた職人を連れ、札幌の中屋敷左官工業の元を訪ねることにした。

「いくら私がモデリングの効用を職人たちに口で説明したところで、『そんなのダメだ』と跳ね返されて終わりです。でも、実際に取り組んでいる様子を見てもらって『こういうことを実際にやっている会社があるんだ』『こういうことをやりたいんだ』と訴えれば、熱意も伝わりますし、具体的に何をするかが一目瞭然です。互いに共通の未来に向かうには、それが唯一の道だったのです」

実際に、モデリングを活用した教育を取り入れたら徐々に「会社で訓練を受けた奴は気がきくな」という認識が現場に浸透していったという。

「自分で壁を塗った経験がある見習い工は、たとえば『材料がそろそろ足りなくなりそう』などといったことに気づくわけです。職人たちは、『役立つ』と納得して受け入れてくれさえすれば、後は全面的に協力してくれます。かつては現場でコテを持たせるようになるまで4、5年かかることも珍しくなかったのに、今では、3カ月目の見習い工にも現場でコテを持たせてくれるようになりました。また見習い工たちは、モデリング訓練をした上で現場で先輩たちの姿を見ることによって、自分たちが目指すゴールもより具体的に描けます。それが離職率の減少に繋がっているように思えます」

“離職”について話をするなら、かつての女性職人は「結婚すれば辞める」のが当たり前だった。それが、いつしか女性職人のほうから「結婚後も出産後も仕事を続けたい」との要望が出るようになっていた。

「体力的にもきつい仕事ですから、結婚後も女性が続けるなんて想像すらしていませんでした。でも考えてみれば、せっかく身に付けた技術を無駄にせず、また会社のために生かしてくれるというなら、こんなにありがたいことはありません。彼女たちによくよく話を聞いてみたら、『慣れない仕事でパート勤めをするより、慣れ親しんだ仕事でしっかり稼げる』ことも仕事を続ける動機になっているようです」

そこで現在は、産休や育休の制度を整えるとともに、職場復帰におけるソフトランディングにも取り組んでいる。

「現場に出ると、なかなか時間の自由がききません。子供が急に病気になったからといって現場を離れれば、やはり気まずくなってしまうものです。そこで育児休暇後も、子供の成長にある程度のメドが立つまでは社内で見本を作るなど、現場に出ずにすむ仕事を担当してもらったりしています」

原田左官工業所では、様々な波をかいくぐりながらも、今では男性も女性も混ざり合って、当たり前のように現場に出かけている。女性のみのチーム編成をする必要もなくなった。「こうした自然な形になるには、20年ほどの歳月が必要でした」と振り返る原田社長は感慨深げだ。

そしていま、原田左官工業所にはさまざまな経歴を持つ男女が集まっている。百貨店の元販売員や自転車に乗りメッセンジャーをしていたという女性、さらには離島出身の高校新卒者まで。

「男性でも女性でも、30歳前後の未経験者だろうが新卒者だろうが、門戸は広く開いています。時には軋轢が生じることもあるかもしれませんが、どんどん新しい意見や発想を出してもらいたいと期待しているんです。だからこそ、社員のみんなが、思ったことを口に出せる雰囲気だけは保ちたいと考えています」

原田左官工業所では、見習い工として4年が経った後に迎える春、「職人」に昇進するパーティーを全社挙げて開いている。その場には両親など家族も呼ばれ、4年間の歩みを丁寧にまとめた、その人だけの写真集を一人ひとりに手渡すという。

「それを見れば、徐々に職人らしい顔つきや所作になっていく様子が本当によくわかるんです」

手にした本人も家族も、左官という仕事に改めて誇りを持つとともに、より一層の高みを目指すきっかけになっているようだ。

(文=小澤啓司 写真提供=原田左官工業所)

原田宗亮(はらだ・むねあき)
有限会社原田左官工業所代表取締役社長
1974年東京都生まれ。大学卒業後、携帯電話の部品メーカーでの営業を経て、2000年原田左官工業所入社。07年より現職。二級建築施工管理技士、左官基幹技能者を取得。一般社団法人日本左官業組合連合会青年部の副部長を務め、左官の技能講習会やワークショップを企画・開催し、左官の啓蒙活動も行う。著者に『世界で一番やさしい左官』『新たな“プロ”の育て方』がある。