公的年金の減額、支給年齢の引き上げ……それでも心豊かに生きるには──。独立系の資産運用アドバイザー・尾藤峰男氏が、中立な視点から退職後の人生への備えを説く。

資産運用のカギは「長期」「分散」「低コスト」

──資産運用の環境や現状を、どのように見ていますか。

【尾藤】いまや人生100年時代。それに女性の結婚平均年齢は男性より2歳若く、平均寿命は6年長いですから、仮に自分が亡くなってしまっても、妻が将来1人で生活する期間は8年はあるでしょう。したがって、65歳以降の老後資金は約40年分は備えが必要と考えるべきです。

長寿化・高齢化に少子化が加わり、公的年金の見通しはいっそう厳しくなっています。もはや現役世代が高齢世代を支える現在の制度設計は限界を迎えています。医療・介護費用の自己負担増、介護施設への入所や突発的な事故・病気で必要になる出費まで考慮すると、公的制度のみに頼る姿勢には大いに不安があります。自助努力による資産形成は、日本人にとって最重要テーマなのです。

にもかかわらず、今もって日本の個人の金融資産は53%を現預金が占めています。預金金利の低さは皆様もご承知のとおり。資産形成の重要性が増しているのに対して、個人の資産運用は非常にお寒い状況です。

忙しさを言い訳に将来への資産形成を脇へ押しやる、教育費や住宅ローンの返済の負担が重いといって資産形成にお金を回さない……ありがちなことですが、あっという間に10年くらい過ぎ、その10年は二度と取り戻せません。気づいたときから始めるべきです。

──個人が資産運用を行うにあたってのコツは何でしょう。

【尾藤】大切なカギが三つあります。それは「長期」「分散」「低コスト」です。まず「長期」の運用。10年先、20年先までの目線で長く続けることが肝心です。収入のうち例えば20%など一定割合を資産運用に回す、と決めて仕組み化してしまう。この方法なら、年収が増えれば自然と投資金額が上がります。

また長期運用では、受け取る分配金の再投資や運用する元本自体の増加で複利効果も発揮されます。これぞ、資産を増やしていく最大の原動力です。

始めるときは少額でも、時間をかけてお金を積み上げていけば、退職時にはかなりまとまった金額となっています。資産運用は、投資金額が大きいほどそこから得られる収益も大きくなる性質があります。同じ利回り5%でも、手元資金が500万円なら利益は25万円ですが、手元資金が3000万円なら150万円になります。若いうちに積み立てた資金が、収益をもたらしてくれるというわけです。

仮想通貨やFX取引などで短期的に売り抜けてもうけようと考えているのであれば、それは投機。ビジネスパーソンにふさわしいのは、日々の動きに一喜一憂せずに長い時間軸で投資するスタイルです。加えて、定額で積立投資をしているときは、ドルコスト平均法による時間分散の効果も働きます。相場が下落局面になれば同じ金額でもより多くの口数を買い増すことができ、相場の上昇局面で大きなリターンを得られる可能性が高まります。

先延ばしにすれば、10年はあっという間。しかし、その10年は二度と取り戻せません。

尾藤峰男(びとう・みねお)
資産運用アドバイザー
びとうファイナンシャルサービス代表取締役
米国CFA協会認定証券アナリスト、CFP(R)

1978年早稲田大学法学部卒業、日興証券入社。投資アドバイスなど主要証券業務や英国、カナダ、オーストラリア(現地法人社長)赴任を経て2000年に独立。個人の資産運用アドバイスを商品の販売手数料によらずに、投資助言料のみで提供している。グローバルな投資理論や外国株投資、国際分散投資に精通。著書に『バフェットの非常識な株主総会』など。

世界経済の情勢を個人の資産へ反映させる

──二つ目のキーワードである「分散」はいかがでしょう。

【尾藤】世界経済はグローバルに広がっています。株式で見れば、全世界の市場の時価総額に占める日本株の割合は8%にすぎません。このグローバル情勢を自分の運用資金の分配比率に、ある程度反映させることは世界経済の成長の果実を享受するうえで不可欠。そのためには国内外の資産へ分散しておくことが効果的です。また、株式や債券、不動産などにはそれぞれ異なる値動きの特性があります。資産を分散しておけば、例えば国内株式が値下がりした場合にも、ほかの資産の値上がりで相殺する効果が期待できます。

加えて考えておくべき三つめのカギは「コスト」。どんな商品にもコストが付随し、利益には税金がかかります。税制面でいえば、国が優遇税制を敷いているNISAやiDeCoなどの制度を生かさない手はない。こうした制度も長期運用を前提にしていますから、手数料ができるだけ低い商品を選んでおくことが重要です。例えば投資信託なら、信託報酬が割安なインデックスファンドを活用するといいでしょう。

──年齢によって手元の資金や、許容リスクも異なるかと思います。

【尾藤】そうですね。20代、30代のうちは、まだまとまった運用資金はないかもしれません。でも時間は十分あり、収入はどんどん入ってくる。したがって株式の比率が高いポートフォリオが一時的に下落しても入ってくる収入で埋め合わせられるので、許容リスクを高くできます。やがて40代、50代と上がるにつれ、株式の比率を下げ、リスクを抑えるように調整していきましょう。

──最後に、資産運用はこれからという読者へメッセージをお願いします。

【尾藤】リタイア後の生活は長く、まさに第2の人生。その歳月を、お金の心配なく豊かな気持ちで暮らしていけるかどうかは、現役時代の資産運用への心がけにかかっているといっても過言ではありません。値動きが怖いからと保険や預金に偏重してしまう方もいます。しかし、過度に防衛的にならないよう意識することも必要です。これからの時代には「何もしなかったこと」こそがリスクとなりうるからです。

とはいえ、必ずしも老後資金をすべて現役時代に確保する必要はありません。自分のライフプランやリスク許容度に応じて、相応の運用資金を着々と蓄えていけばいいのです。

現役の間はご自分が一生懸命に働く。そこでお金をつくっておけば、リタイア後は引き続きお金に働いてもらって、その収益を必要な出費にも充てられる。これからは公的年金のみに頼れない日本で、自助努力による資産形成は、セカンドライフの基盤づくりです。実行を先延ばしになさらないよう、強くお勧めしたいと思います。