単に時短や業務効率改善を進めることが働き方改革ではない。その本質について、国の働き方改革実現会議の議員を務めた白河桃子氏に聞いた。
ダイバーシティとインクルージョンが新たな価値を生む源泉になる
白河桃子(しらかわ・とうこ)
相模女子大学 客員教授
少子化ジャーナリスト
作家

慶應義塾大学文学部卒業。住友商事などを経て著述業に。少子化対策、働き方改革、ダイバーシティなどをテーマに著作・講演活動を行う一方、内閣官房「働き方改革実現会議」などの委員として政府の政策策定に参画。著書に『御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社』など。

──「働き方改革」の現状や目指すべき方向性などについて聞かせてください。

【白河】近年は改革に取り組む企業も増え、今年6月には国会で数年にわたって議論されてきた働き方改革関連法も成立しました。ただ「労基署が来ないように残業を減らせ」という「残業削減」自体が目的化してしまっている例も少なくありません。

働き方改革はそれ自体が目的ではなく、あくまで経営課題を解決するための一つの手段。イノベーションの創発や優秀な人材の獲得にもつながる経営戦略的な取り組みであり、当然ながら会社ごとにやるべきことは異なります。経営者の方には、そうした点を理解し、自社の課題は何で、それを解決することによって何を実現したいかというビジョンを持って改革に臨んでほしいと思います。

──働き方改革の背景にあるものについて、あらためてお願いします。

【白河】長時間労働やサービス残業に対し、終身雇用や安定した昇給で報いるといったいわば昭和的な古い働き方、職場環境が、現在のビジネス環境のもとで機能しにくくなってきています。滅私奉公的働き方が可能な社員ばかりの同質性の高い組織ではイノベーションも起こりにくく、組織としてのリスクも高くなります。また、古い働き方のOSでは、ビジネスのあり方を大きく変えつつあるデジタルイノベーションへの対応も難しいでしょう。

心理的安全性が高い環境をつくることが重要

──先進的な企業では、どのような働き方改革を進めていますか。

【白河】現在のビジネスシーンでは、新たなビジネスモデルや付加価値の創出につながるイノベーションをいかに生み出していくかが大きな課題になっています。近年のイノベーションの多くは、一人の天才からではなく、チームのコラボレーションから生まれている。またアイデアは無数にあっても成功はチーム力にかかっています。そこで重要になるのが組織におけるダイバーシティと、それを機能させる環境、インクルージョンです。

グーグルではチームの生産性を高めるうえで、共感などによって心理的安全性が高い環境をつくることが重要だという調査結果が出ました。その例として「成果を上げているチームは会議でも皆が平等に発言している」「失敗を開示できる」といったことが挙げられています。多様性の許容については、ある日系企業で男性や子供のいない女性が子供がいる前提で、ひと月定時退社などの働き方の実証実験をするといった風土改革の取り組みが行われ、管理職の意識も変わりました。

さらに、社員の幸福を目指すというアプローチをとる企業も出てきています。「ビジネス」と「幸福」という言葉は、一見結びつかないようにも思えますが、働き方改革を成功させた会社では、チームの関係性の質が上がり、チームや社員の幸福度が上がり、会社の業績も上がるという好循環が生まれています。会社の業績ではなく、社員の幸福をまず念頭に置く──ある意味で逆転の発想といえます。

働き方改革がもたらす“その先の成果”
長時間労働が是正されると……

働き方改革がもたらす成果の一例。長時間労働を是正すれば、イノベーション創発、人材獲得などさまざまなメリットにつながる正のサイクルが回り出す。

働き方改革実現会議 白河桃子氏資料より

評価や報酬にまでメスを入れているか

──働き方改革において、経営者や管理職はどのような役割を果たすべきでしょうか。

【白河】大きな改革を実行するには、ビジョンと経営者のコミットメントが欠かせません。経営者は解決すべき課題と方向性を示し、やりきることが大切。その本気度が表れるのが、評価や報酬にまでメスを入れているかどうかです。単に働き方の仕組みや制度を整えるだけではなく、昇降格や給与面も改革しているかはポイントになるでしょう。

また、現場の責任者である中間管理職は実践の要。働き方改革の進捗度を管理職の評価に含める会社も増えており、多様な人材をマネージする力がより問われるようになっています。

また、今まで会社に届きにくかった声を可視化し、ボトムアップで働き方改革をする環境が生まれてきています。改革を経営側に任せるのではなく、一般社員も思うことがあれば声を挙げてほしいですね。

──これから本格的に働き方改革を進めようと考える企業にメッセージをお願いします。

【白河】海外の経営者の間では、「会社が魅力的になって人材を引きつけないと競争に負けてしまう」というのが共通認識になってきています。優秀な人材は会社選びでも「いかにいい経験を積んで自分を成長させられるか」を重視する。日本の会社は個人としては優秀な人が多いのに、マイノリティが否定される文化ではその力を生かせません。この2、3年で「働きやすさの格差」は大きく広がり、人材の移動も起きています。そろそろ改革に本腰を入れないと、良い人材はすべて海外や先進的な企業に逃げていきかねません。

人間は行動が変わって始めて意識が変わる面もあるので、まずは制度を設定するなどアクションを起こすことが大切。早く取り組みを始めれば、自社に合う方法を試行錯誤する時間も取れるでしょう。

働き方改革に成功すれば、優秀な社員が集まり、彼らが自律的に働きながら創造性を発揮して、業績も伸びる。社員にも会社にもwin-winの関係が生まれます。今の日本企業は短期の利益で考えすぎて、イノベーションが起きにくくなっているという指摘もあります。経営者の方にはぜひ覚悟を決めて頑張ってほしいですね。