日本は規制のない“ハラスメント後進国”

また、日本経済団体連合会(経団連)の布山祐子・労働法制本部上席主幹もこう述べている。

「周囲の従業員から、あの人はもしかしてパワーハラスメントを受けているのではないかという相談があって、それを確認してみると、本人は指導の範疇だと思っている場合もあります。そのように周囲と当事者との受け止め方に温度差がある場合も判断が難しいと聞いております。このように何がパワハラに該当するのか各企業が判断し切れない状況の中で、ご主張されている措置義務という形で、いきなり法律として課すのは、働きやすい職場環境を作るどころか、かえって企業現場の混乱も生じかねないのではないかと懸念していることから、これまでも法的根拠のないガイドラインでもいいのではないかと申し上げております」(同議事録)

周囲がどのように感じようが、当事者本人が「暴言を吐かれて人格を否定された」と感じない限り、会社もしくは裁判に訴えることもない。しかも措置義務といっても行政指導の範囲内にとどまる。加害者に刑事罰が科されることもなければ損害賠償を請求できる禁止規定でもない。「法的根拠のないガイドライン」は絵に描いた餅であり、現状のままでよいと言っているのと同じだ。増え続ける職場のいじめや嫌がらせの増加を食い止めることは不可能だろう。

日本でのハラスメントの議論が禁止規定ではない「措置義務」の導入の是非に終始している中で、世界各国はハラスメントのより厳しい規制へと動いている。ILOは今年の総会で(5月28日~6月8日)「仕事の世界における暴力とハラスメント」を禁止する条約化に向けて動き出している。暴力とハラスメントを次のように定義している。

「単発的か繰り返されるかにかかわらず、身体的、精神的、性的または経済的損害を引き起こすことを目的とした、または結果を招くもしくはその可能性がある一定の許容できない行為および慣行またはその脅威と解されるべきであって、ジェンダーに基づく暴力とハラスメントを含む」

つまり、セクハラ、パワハラ、マタハラ以外のあらゆる形態のハラスメントが入る。しかも「被害者および加害者」の範囲も幅広い。使用者および労働者、ならびにそれぞれの代表者、ならびにクライアント、顧客、サービス事業者、利用者、患者、公衆を含む第三者としている。職場内の上司と部下や同僚だけではなく、顧客や取引先からのハラスメントも対象になる。

来年の2019年6月の総会で加盟国の3分の2の賛成が得られると条約(国際最低基準)が採択される。そして加盟国が批准すると各国は「あらゆる形態の暴力とハラスメントを法的に禁止する」などの法的措置をとらなければならない。

ちなみに今年のILO総会の討議では多くの国が条約化を支持しており、その中には中国も韓国も入っている。しかし、日本政府は「立場を保留」している。現状ですら日本は世界の中で規制のない“ハラスメント後進国”だが、さらに世界に取り残されていくことになりかねない。