海が荒れるほどに船長の判断が重要になるように、今、経営者の役割はますます大きくなっている。これからの時代に求められる企業経営、そしてリーダーの形とは──。人事・組織開発やリーダーシップ論を専門とする小杉俊哉氏に聞いた。

リーダーとマネジャーは役割、機能が大きく違う

ワクワク、ドキドキする将来像を共有している組織には一体感が生まれる
小杉俊哉(こすぎ・としや)
合同会社THS経営組織研究所 代表社員
慶應義塾大学大学院理工学研究科 特任教授
立命館大学大学院
テクノロジー・マネジメント研究科 客員教授
早稲田大学法学部を卒業し、日本電気(株)に入社。マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク、ユニデン(株)人事総務部長、アップルコンピューター(株)人事総務本部長を経て、1998年に独立。

──ビジネス環境の変化が激しい現在、産業分野を問わず、経営の舵を取るトップの役割が重要になっているといわれます。

【小杉】確かに、そうですね。ただし、ここで焦点をあてるべきは、主に“リーダーの機能”であって、マネジャーのそれではありません。まず、両者の違いを認識しておく必要があるでしょう。マネジャーとは組織上の役割のことで、簡単に言えば社長、部長、課長といった役職を意味します。一方のリーダーは、あくまで個人の名前で機能するもの。そのため、どんなに地位が高くても周囲がその人を信頼していなければ機能しません。逆に言えば、役職や肩書に関係なく、誰もがリーダーシップを発揮することができるわけです。

──なぜ今、マネジャーではなく、リーダーの機能が大事になっているのでしょうか。

【小杉】かつて、ある程度先を見通せる時代であれば、既存のビジネスモデルを回していくことで、事業を推進し、収益を上げることが可能でした。それがまさに、マネジャーの役目。ドラッカーの言葉を借りれば「doing the things right」、つまり物事を正しく行うことが求められたわけです。しかし今の時代は、数年先を読むのも難しい。そうした中では、「doing the right things」、正しいことが何かを見極め、それを実行していくことが大事になります。これが、リーダーに期待されているのです。

──そのリーダーシップについて、小杉先生はこれまでの変遷を整理されています。

【小杉】ごく簡単に説明すれば、いわゆる専制君主型の権力者、これをリーダーシップ1.0と定義します。権力者がヒエラルキーの頂点に立ち、中央集権的に組織を統括する。20世紀初頭の主要なリーダーの形です。その後、1930年頃からは各事業部に責任者を置く分権型リーダーが現れ、1970年代以降には価値観の共有などによって組織に一体感を醸成する調整者としてのリーダーが登場しました。それらは、それぞれリーダーシップ1.1、リーダーシップ1.5。次のリーダーシップ2.0は変革者。1990年代以降、GEのジャック・ウェルチのようなカリスマ性を持ち、変革により組織を再生していくリーダーが注目され始めます。

マネジャーとリーダーの違いとは
小杉俊哉著『リーダーシップ3.0』より(ウォレン・ベニスおよびジョン・コッターによる定義をまとめたもの)。

支援者としての資質が求められる時代に

──そして現在はリーダーシップ3.0の時代というわけですね。

【小杉】支援者としてのリーダーです。組織全体でビジョンやミッションを共有しながら、個人個人とオープンにコミュニケーションを取り、それぞれの主体性や自律心を引き出すことで、組織を後押ししていく形です。変化が激しく、過去の成功体験がむしろ邪魔になる今の時代、経営者だけで物事を判断していくのは難しいし、危険です。社内、さらには社外とも連携の度合いを高めて、環境に柔軟に対応していくことが欠かせません。

今後は、組織を構成する全員が自律的にリーダーシップを発揮するリーダーシップ4.0の時代がやってくると私は考えています。AIやロボットの進展が叫ばれる中、「言われたことだけをやる人間」というのはやはりだんだんと必要なくなっていくに違いありません。

──AIやロボットの活用を含めた生産性の向上は多くの企業にとって、まさに重要な経営課題ですね。

【小杉】OECDのデータによれば、就業者一人当たりの日本の労働生産性は加盟35カ国中22位(※)。その向上を目指すにあたっては、二つの視点が大事になります。一つは、いかに少ない労働時間、つまりインプットで現在と同じだけのアウトプットを確保するか。これは皆さんご存じのとおり、労働の“効率”の問題です。

他方でもう一つ重要なのは、いかに単位時間当たりのアウトプットを極大化するかという視点。言ってみれば、労働の“効果”の問題です。効率と同時に、既存の手法や枠組み自体を変えて、効果を高めていく──。それこそがリーダー、そして私たち人間が行うべき大事な仕事だと思います。

──最後に、現在、また今後のリーダーに向けてメッセージをお願いします。

【小杉】これからの時代の企業にとって、ビジョンやそれを実現するための戦略はますます重要になるはずです。なぜならビジョンとは、組織の存在意義にほかならないからです。リーダーには、それを折に触れ、根気よく発信してほしいと思います。それによって、組織の構成員は一つ一つの業務や取り組みが何のために行われているのかを理解することができる。ワクワク、ドキドキする将来像を共有している組織には自然と一体感も生まれます。

そして時に、経営トップは自らの弱さをあえて見せることが必要だと私は思っています。お話ししたとおり、リーダーシップを発揮するにあたっては、周囲の信頼が前提になります。人は、強さも弱さも持ち合わせた人間的なリーダーに信頼を覚えるものです。

今の時代のリーダーに求められている“支援者”としての要素は、実は日本人との親和性が非常に高いと考えられます。自らの主張をするばかりでなく、周囲への配慮を欠かさず、相手の話に真摯に耳を傾けることを美徳と考えるのは私たちが持つ一つの特質。ぜひ、そうした強みを生かしながら、この厳しい時代に明るい未来を切り開いていってほしいと思います。

※2015年のデータ