60代、70代の若返りが進み「高齢者」の定義が見直され始めている。「人生100年時代」の到来を前に、ニッセイ基礎研究所の前田展弘さんはシニア世代の新たな人生設計の必要性を指摘する。

「日本人の平均寿命は20世紀後半で30歳程度延びました。今の65歳の方を“高齢者”と呼ぶのに違和感を覚えるのは当然かもしれません」

ニッセイ基礎研究所の前田展弘さんはこう指摘する。スポーツ庁が実施している体力テストでも、男女ともに65~79歳の成績は年々上昇。身体機能の若返りが数値で裏打ちされている。こうした状況で日本老年学会・日本老年医学会は今年1月、65~74歳を「准高齢者」とし、高齢者の定義と区分を見直す提言を発表して話題を呼んだ。

「もはや65~74歳は高齢者ではないというメッセージ。みんなが抱えていた違和感を払拭する提言でした」

(出典)日本老年学会・日本老年医学界「高齢者に関する定義検討ワーキングループからの提言」(2017年1月)

一方で、高齢人口は年々増加し、平均寿命も延びている。総務省の調査などでは、2050年には100歳以上が70万人と、現在の10倍以上になると推計される。若返りと超高齢化は同時に進行しているのである。

「かつての寿命は70年そこそこでした。それが今や、『人生100年時代』に突入しています。そんな中、社会がより良い方向へ向かっていくためには、一人一人の65歳からのライフデザイン、人生のマネジメント力が問われてきます。しかし現実には、退職後に友人関係が希薄になり、“行き場所がない”“会いたい人がいない”“やることがない”という、『ないない症候群』に陥って引きこもってしまう人が大勢います。これこそが課題なのです」

高齢者の自立度の推移を示すもので、男性の約7割、女性の9割が70代後半を境に体力が低下し、緩やかに要介護状態に向かう実態を明らかにした研究結果がある。「データを見れば、現在は男女ともに75歳が自立度低下のターニングポイントになっています」と前田さんは分析する。これから人生100年時代を生きていくとすれば、できるだけ自立した時期を長く持たせるのが重要と強調する。

特別なトレーニングは必要ない。安心・安全な住環境の整備、栄養バランスの取れた食事、資金や保険の備えなど、やるべきことは当たり前のことばかりだ。
「一番大事なのは自室に引きこもらず、外に積極的に出かけることです」

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(出典)秋山弘子 長寿時代の科学と社会の構想 『科学』 より作成。

生きがいにつながるゆるやかな就労を生み出す

前田展弘(まえだ・のぶひろ)
ニッセイ基礎研究所
生活研究部 主任研究員
東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員。同大での活動を中心にジェロントロジー研究活動を展開している。著書に『東大がつくった高齢社会の教科書 長寿時代の人生設計と社会創造』(東京大学高齢社会総合研究機構編著、分担執筆)など。

仕事という場を失い、出かける目的である「場所・人・目的」を見失った人が、再び出かけるのは相当に腰が重い。引きこもりがちになったシニアに、いかに生きるハリを持ってもらうか。その打開策は、やはり仕事にある。

地域交流カフェなどには参加しづらいという人も、仕事ならば責任感があり出かけやすい。定時に出勤することは退職前のライフスタイルと一致し、社会や組織の中で明確な役割が与えられることは充実感につながる。現役時代のようなフルタイムの働き方は難しいし、シニアも望んではいないだろう。

「週3日程度でも、責任ある仕事に就くだけで、高齢者の意識と暮らしは大きく変わります」

それを実証したのが、2009年から進められている東京大学高齢社会総合研究機構他が実施した柏プロジェクトである。千葉県柏市で退職したシニアの“生きがい就労”を促進する事業で、地域課題の解決とシニアの就労をマッチング。地域を良くしていくだけでなく、高齢者の孤立予防と社会的な活躍の両立を図る三方よしのプロジェクトだ。

「既存の高齢者就労事業は、臨時で軽易な仕事が中心で、これから65歳になる新しいシニアの生きがいや充足感を満たしにくいという課題がありました。地域課題と就労意欲をマッチングすれば、シニアの活躍の場を作り出せる。これを柏プロジェクトは実証しました。『生きがい就労』のメリットは計り知れないと考えています」

「人生を楽しむ」ことこそ100年を生き抜く指針

健やかな高齢期を過ごすには、ハード面からのアプローチも必要となる。「高齢者は自宅でけがをする割合が若い人より10%程度多いというデータがあり、骨折なども重傷化しやすい傾向にあります。実際、高齢期は交通事故よりも家庭内の事故、それも安心して過ごせるはずのリビングで死亡事故が多発しています。こうした家庭内事故の原因の一つは、足の筋力が低下したことによるつまずき。高齢期はけがをきっかけに体力が急に低下し、介護が必要になることもあります。住み替えにせよ、自宅に住むにせよ、安全な住環境の整備は当然重要になります」

いきいきと働くシニアが増えれば医療保険への負荷が軽減されるし、仕事で得た対価は“ご褒美”感覚で使いやすいから消費拡大にも貢献する。

「高齢者の健康・雇用問題は財政面ともリンクしており、高齢者市場を盛り上げることが経済の起爆剤になるでしょう。『年金プラスプチ就労』がスタンダードになっていくと思います」

最後に前田さんは、人生100年時代においては、「人生を楽しむ」ことが重要なキーワードになると指摘する。

「外に出るために働くことが大切といっても、仕事ばかりの無味乾燥な毎日では意味がありません。体力がある時期も、年齢を重ねて介護が必要になった時期も、共通するのは生活を楽しむ視点が不可欠ということ。高齢期こそ働き、学び、遊び、休むというワーク・ライフ・バランスを考えながら、暮らしを設計してほしいと思っています」

そのうえで、今の50代や40代にも早い段階で高齢期での夢やライフプランを持つ重要性を指摘する。

「現役時代は仕事に重きが置かれ、ワーク・ライフ・バランスに考えが及ばない人が大勢います。高齢期をいかに生きるのか、セカンドキャリアやサードキャリアのあり方を早い段階から考えておいたほうがいいですね。1週間のうち3日働き、1日学び、2日遊んで、1日休むでもいい。繰り返しになりますが、60歳で退職したとしても、その後の人生は40年続くのです。たった1回の人生で何をしたいのか、早い時期から考えてください」