家族が
住宅デザイナー

住んで初めてわかること細かくつくり込まない知恵

住宅の性能は、この20年ほどの間に大幅に向上しました。住宅メーカーが供給する家は、一定のクオリティーが保たれていると考えていいでしょう。住宅性能表示により、性能レベルを比較することも容易になりました。

しかし、住宅には実際に見ないとわからないこと、住まないとわからないことがたくさんあります。そこで住宅メーカーを選ぶときに目を向けてほしいのが、過去にどのような家をつくってきたかです。

私の本業は設計ですが、施工業者を選ぶときに最も重視するのは、信頼して長くつき合える相手かどうか。それを判断するために過去に建てた家を実際に見せてもらいます。

床を歩いたり、ドアを開け閉めするだけでも、構造的な安定感や質感が伝わってきます。自分の好みに合う家か、求めるクオリティーを備えているかを知るには、建てた家を見るのが一番手っ取り早い方法です。

モデルハウスだけではなく、できれば実際に人が住んでいる家を見て、住み心地なども聞いてみたいところです。それは、住宅メーカーの担当者と交渉してみてください。

私は、学生と住空間の調査をしていますが、その場所に行き、空間を体験して初めてわかることが実に多いのです。図面や写真では伝わってこない情報、体験を通して得る空間の感じ方は、自身がその家に住んだときの住み心地と直接かかわってくるものです。

また、住宅の設備を考えるときは、あまりこと細かにつくり込もうとしないほうがいいと思います。例えば、棚の位置ひとつにしても、暮らし始めたら使いでが悪いとか、別の場所のほうがよかったというようなことがよくあります。

設計士が、住み心地をよくしようとデザインしても、そこには限界があります。ですから、私は家ができて引き渡し段階から、その家に住む家族がデザイナーになるのだと考えています。

棚をつくりたす、家具のレイアウトを変える、子供の成長に合わせて間仕切りを追加する、あるいは間仕切りを取り去るなど、実際の生活のなかで使いやすい方向に家をつくり込んでいく。設計者としては、そうしたことを許容する大らかな骨格を持った家がよいと思います。

とくに、料理、洗濯、掃除や片づけなど、家事にかかわる空間では、使ってみて初めてわかる不都合も多ものです。自身で手をかけ、使い心地がよくなれば、その空間に愛着がわき、家と住む人のよい関係が築かれていきます。

共働き家庭に
やさしい家

物干し場のつくりひとつでも変わる共働き世帯の暮らしやすさ

女性の社会進出が進み、共働き世帯が増えています。内閣府の統計によれば、夫婦世帯のうち共働き世帯は4割に迫る勢い。一方、専業主婦世帯は3割を切り、減少しています。

この動向は、女性が外で働くことを前提とした家が、求められていることを物語っています。

例えば、住宅の設備で、共働きで困ることのひとつに物干し場があります。仕事に出てしまうと、雨が降っても洗濯物をとり込めないので、いやいやながら屋内に干すということがあります。多少の雨でも洗濯物が濡れないように、深い廂(ひさし)の物干し場を設けるなどの工夫があれば、共働き世帯にはうれしいところです。

これは私にも経験があるのですが、ベビーシッターなど外部の人にお手伝いを頼むとき、何がどこに収納されているかを伝えるのがけっこう大変です。調理器具や食器のありかが、見ればすぐにわかるなど、家事にかかわる情報が他者と共有しやすいようになっていると、とても助かると思います。こうした工夫は、年をとって介護を要するようになってからも役に立ちます。

また、共働き世帯では、夫婦それぞれにワーキングスペースがあると便利です。子供のいる世帯で、夫婦それぞれが個室を持つのは難しいのが現状。自分専用のワーキングスペースがあれば、家でのちょっとした仕事も、気兼ねなくできます。小さくても、夫婦がそれぞれ「自分専用の場所」を持つことは、心のゆとりにもつながります。

さらに子育てとの関係でいえば、家事や会社の仕事で親の働く姿が、家で子供の目に触れることは、子供の成長にとっても大切です。親を見て育つ子供は、そのような何気ない家庭での風景から社会性を培っていきます。その意味でも、住む人こそが住宅のデザイナーだといえるでしょう。

(インタビュー・文=高橋盛男/撮影=田里弐裸衣)