便利さと引き換えに退化していく脳

何事もインターネットで検索し、素早く答えを得ようとする風潮にも問題があります。

検索して得られた情報は、さまざまな書物や資料を調べ、自分自身の頭で考えて導きだした知識とは、質的に異なります。また、後になってウェブ上の同じ情報を確かめようと思っても、検索の条件が違えばなかなかたどり着けないこともあります。

インターネットの検索順位は広告や閲覧数などにも影響を受けるため、上位に現れる情報が役立つとは限らないわけです。

それに、少し検索しただけで内容をうのみにするのは危険です。ましてAIによる要約など、情報源が確認できないという怖さがあります。

検索バーに「AI検索」と入力する男性のイメージ
写真=iStock.com/boonstudio
※写真はイメージです

その点を用心してインターネットを利用したとしても、だんだん自分の頭で物事を考えなくなっていくことでしょう。そうした便利さと引き換えに、脳は確実に退化していきます。

「調べ学習」という体裁のいい呼び名のもとに、子どもの頃からインターネットで検索する習慣が身に付けば、「本を読んで自分でじっくり考えるよりも、ネットで検索した方が早いし楽だ」と思うのは当然です。デジタル端末によって「考える前に調べれば頭を使わなくて済む」という人が増えれば、逆効果どころか、教育はいずれ崩壊するでしょう。

脳を創り、人を創るには

最近の大学では、講義に筆記用具やノートを持ってくることなく、板書やパワーポイントの写真をスマートフォンなどで撮る以外に、まったくメモを取ろうとしない学生が増えています。

酒井邦嘉『AI脳クライシス』(集英社インターナショナル)
酒井邦嘉『AI脳クライシス』(集英社インターナショナル)

レポートでも、自分の文章を推敲できていない状況が散見されます。電子機器の利用と共に、手書きで文字を書く習慣が急速に失われることで、時間をかけて自分の考えを的確にまとめ、相手に伝えるという力が衰えてきているのです。

ですから、安易にデジタル機器に頼るのではなく、まずは紙の教科書に書かれていることを何度も読み返し、要点をノートに手書きでまとめるという習慣を取り戻す必要があると考えます。そうした地道な学習の過程で、脳が鍛えられ、創られていくのです。

学習は、見聞きしたことについて考え、そして書き留めるというマルチタスクによって成り立っています。便利さや効率のために、それを安易に手放してしまうことは、きわめて危険な賭けでしょう。いずれにしても、文明の岐路にあって、何をどのように選択していくか、私たちの賢明な知恵が求められていることは確かです。

フランスの哲学者パスカルが「人間は考える葦である」と述べた真理は変わりません。考えること、創造することは、人間の脳に備わる最高次の知的能力であり、人間はそのことに最大限の生きがいや楽しみを覚える生き物なのです。自分の頭で考えることを疎んじる世の中になれば、人間としての尊厳をも失ってしまいます。

自らの脳を鍛え、日々その能力を更新することは、それほど難しいことではありません。紙の本の読書を続ければよいからです。じっくり時間をかけて本を読み、解釈を積み重ね続けることで、想像力が自然と育まれていきます。

また、そこで得られた知識をほかの形で表現できれば、創造力につながります。考える時間が脳を創り、人を創るのです。