「電子機器」と「記憶力」との不都合な関係
脳が記憶した本の厚さや位置など、五感(中でも視覚、聴覚、嗅覚、触覚など)に訴えかけてくる情報が希薄になると、読んだ記憶があいまいになったり、読み飛ばしを起こしやすくなったりします。
パソコンの画面で文章を推敲した後、改めて印刷した原稿を読んでみて、それまで気づかなかった誤字や脱字が見つかるという経験をしたことはないでしょうか。
何度読んでもパソコンの画面では見つけられなかったものが、なぜ紙の原稿だとすぐに見つかるのでしょうか。
これは人間の脳が持つ「注意」のメカニズムに起因すると、私は考えています。
コンピュータの画面では文字と画面の位置関係が一定していません。長い文章になると、スクロールによって前のページは画面から消えてしまいます。ところが紙の原稿では、文字と紙の位置関係が一定であり、何ページの右から何行目といったように空間的な手がかりが得られるので、読み飛ばす可能性が減るのです。
こうした紙とデジタルに関する研究結果を一つ紹介しましょう。
NTTデータ経営研究所と日本能率協会マネジメントセンターと共同で私の研究室で実施し、二〇二一年三月に発表した調査研究では、「紙の手帳」を使用する効用が科学的に明らかになりました。
その調査には一八〜二九歳の四八人が参加して、「紙の手帳」「スマホ」「タブレット」を使用する三群に分けました。それぞれのメディアで日常のスケジュールを記録してもらい、その時点では後で内容に関するテストがあることは伝えませんでした。
記録した内容について、一時間後に思い出す時の脳活動を調べたところ、言語処理に関係する言語野、空間情報を再現する視覚野、そして記憶の想起に関係する海馬に活動の上昇がみられ、スマホやタブレットよりも、紙の手帳を使って記銘した群の脳活動がより活発であることが分かったのです。
「紙の教科書とノート」の教育を取り戻す
これは紙の本について説明したことと同じで、どこに書き込んだかという位置情報などの手がかりが、紙の手帳の方が豊富だったためと考えられます。
教育関係者や教育行政に携わる方々には、こうした科学的な知見を十分に考慮していただきたいと思います。
もちろん電子書籍は使い方によっては便利だと感じられるかもしれません。ペーパーレスは資源的な節約になりますし、手軽に持ち運べたり、すぐに語彙の検索ができたり、辞書などほかのソフトウェアと連動できたりする利点があるでしょう。
その一方で、これまで述べたように紙の本はデジタル化できない数多くの情報を有しているうえ、検索に頼ることなく足りない情報を想像力で補うことで記憶力を高め、脳を創るという大切な働きをします。
電子書籍などの文明の利器は、残念ながらその地道な脳のプロセスの代わりをしてくれるとは言えません。
タブレット端末は、悪影響が十分に検証されないまま教育現場に導入されてしまいました。早急に紙の教科書とノートの効用を活かす教育を取り戻す必要があるでしょう。大切なのは紙の媒体と電子機器のバランスではなく、両者の主従関係をはっきりさせて活用することです。
じっくり学習したり、熟読したりという場合は、紙の本とノートに限ります。手早く検索したり情報を収集したりする時には電子機器が便利ですが、得られた情報の吟味には十分な時間をかけて、批判的に取捨選択する力を養いたいものです。これからの時代には、知的作業がどんなに機械化されても揺るがないような、「人間力」が一層試されることでしょう。


