目に見えない世界を計測する――微粒子研究が解き明かす「微細水粒子」のポテンシャル
「微粒子は目に見えませんが、空気中にいくつも漂っています。日常的に耳にする花粉やPM2.5、新型コロナウイルスなどもそうですね。小さいがゆえに体に入って悪い影響を及ぼすものもありますが、微粒子とはあくまで物質のサイズを指す言葉で、微粒子イコール悪いものではありません。定義としては、固体あるいは液体の小さな物体のこと。例えば固体をどんどん小さくしていくと、小麦粉のような粉になります。固体そのものは流れませんが、粉は流れる。つまり微粒子には、固体でありながら流動性を持つという特徴があるのです」(瀬戸教授)
金沢大学 理工研究域長/学域長
フロンティア工学系 教授
1969年生まれ。1996年、広島大学大学院工学研究科博士課程(後期)修了、工学博士。1996年、日本学術振興会特別研究員。1997年、工業技術院機械技術研究所入所。2001年、独立行政法人産業技術総合研究所研究員。2007年、金沢大学准教授。2013年、金沢大学教授。2022年、トヨタ紡織社外取締役、2026年、金沢大学理工研究域長。専門分野は、化学工学、微粒子工学、エアロゾル。研究テーマは、微粒子のモノづくり、微粒子の計測・制御、空気・空間設計工学。
1マイクロメートルを下回ると、粒子は肉眼ではほとんど見えなくなる。しかし、見えないからといって存在しないわけではない。それを計測によって可視化することが、瀬戸教授の研究テーマだ。
「人類がまだ知らない世界を明らかにすることが科学の大きな目的の一つです。宇宙の彼方にある天体を観測したり、化学反応の仕組みを解き明かしたりするのも、そうした“目には見えない世界を理解しよう”という試みです。私が取り組む微粒子研究も同じです。目に見えない微粒子の存在を計測によって明らかにしようというのが、私の研究です。私たちがかろうじて肉眼で確認できるのは、1マイクロメートル程度です。1マイクロメートルは、1ミリの1000分の1です。
その1マイクロメートルのさらに1000分の1が、1ナノメートルです。気体の分子はおよそ0.3ナノメートル程度で、水分子であれば数個が並ぶと1ナノメートル程度になります。つまり1ナノメートルサイズの水は、気体の分子と粒子の境界に位置する特殊な領域にあると言えます」(瀬戸教授)

その境界領域を捉えることは容易ではない。そもそも1ナノメートルサイズの粒子を実験室に作り出すことが至難の技であり、それを計測するために光を当てたり振動を加えたりすると、それによって性質が変わってしまうからだ。当時、瀬戸教授らが扱える測定の限界は2ナノメートル程度だった。
「2021年にアイシンの開発者である井上さんからご相談いただいた課題は、計測の限界を超えるものでした。『自身が開発した装置から微細な水粒子が発生しており、皮膚や毛髪に好影響を与えることも確認できている。しかし、そのメカニズムが解明できない。水粒子の正確なサイズを測定できないか』というお話でした。
井上さんがおっしゃるには別の実験で『電荷を付与した状態で約1ナノメートル付近にピークが現れる』ということでした。ただ電荷を付加したことによって性質が変わっている可能性があるので、どうしても『電荷のない状態で正確なサイズを計測したい』というのです。そこに粒子が存在する可能性は示唆されていましたが、それをどう立証すればよいのかは、まったく分からない状況でした」(瀬戸教授)
直接観測が難しいのであれば、別の角度からアプローチするしかない。瀬戸教授らが着目したのは、「その粒子がどのように生まれるのか」という生成のメカニズムだった。研究を進めるなかで、鍵になると考えたのが「過飽和」という現象である。水は本来、温度や湿度の条件によって、目に見えない水蒸気(気体)と、目に見える水滴(液体)との間を行き来する。過飽和とは、その境目にある状態だ。すでに水滴になるだけの分子が集まっているのに、気体のまま宙にとどまっている。いわば、液体になりたくて「きっかけ」を探している状態だ。
「アイシンが開発した微細水粒子発生装置では、水をよく吸収する材料の温度を急激に上昇させることで、大量の水蒸気を一気に発生させます。その後、温度が下がると、水蒸気は凝縮しようとします。しかし空気中には付着する相手がないため、水分子同士が集まり、小さなクラスターを形成すると考えられます。私たちは、この過飽和状態の発生と急速な冷却こそが、クラスター生成の重要な現象であると着目しています」(瀬戸教授)
過飽和によって生まれた微細な水粒子は、その後どうなるのか。ここで重要になるのが「準安定」という考え方だ。この状態では微細な水粒子が、安定して水滴になるわけでも、消えてなくなるわけでもない。できたり消えたりを繰り返しながら、どっちつかずのゆらいだ状態でとどまっている。
「準安定な状態は、時間とともに絶えず変動しています。微細な水粒子ができたり消えたりを繰り返していて、その挙動は確率的なのです。そのような状態でいるところに、皮膚や毛髪といった対象が置かれることで、微細な水粒子はそれに吸着して安定した状態に移ろうとするのです。まだメカニズムを完全に捉えられたわけではありませんが、揺らぎの状態を捉える手応えは得られつつあります」(瀬戸教授)
瀬戸教授によれば、微粒子研究はハイドレイドの解明だけでなく、さまざまな応用可能性にもつながるという。
「微粒子は、PM2.5など『健康被害をもたらすもの』といった文脈で登場することが少なくありませんが、その特性を生かせば、人の健康を支える技術にもなり得ます。例えば、薬剤を体内の必要な部位へ効率的に届けるための技術であるドラッグデリバリーにも、微粒子は利用されています。インフルエンザ治療薬の吸入剤もその一例で、微粒子化した薬剤を肺の奥まで届けることで効果を発揮します。ハイドレイドのように水を主体とした粒子を、皮膚や毛髪に作用させることも考えられます。自動車部品のグローバルサプライヤーであるアイシンが、本業とは異なる領域に挑み、基礎研究から事業化までを進めているのは、研究者の立場から見ても非常に興味深いことです」(瀬戸教授)
見えないものを見えるようにする。その挑戦は今、分子と粒子の境界に存在する約1ナノメートルの水へと向かっている。ハイドレイドの正体が解明されたとき、この境界領域に対する理解も一歩前進することになるだろう。
実証から応用へ――空気から作る微細水粒子「ハイドレイド」で世界の社会課題解決へ
「プロジェクトの当初の目的は、既存の加湿器のように水を補充することなく、空気中の水分を集めることで湿度を調整できないかという試みでした。微細水粒子を生成放出する機構(カートリッジ)が確定したのが2018年。この機構には、ナノサイズの微細構造を持つ特殊な膜を用いており、膜に取り込まれた水に熱などのエネルギーを加えることで、極小の水粒子が生成されます。
装置が完成し、愛知医科大学医学部の西村直記先生(当時。現・日本福祉大学スポーツ科学部教授)との共同研究で肌の保湿効果を検証しました。効果は認められたのですが、この現象が起こるということは、水の粒子が少なくとも肌表面の細胞間隔、50ナノメートル以下になっているはずでした。そこから、粒子の大きさや水の状態そのものに関心が広がっていきました」(井上さん)
株式会社アイシン VC事業センター 新事業創生ラボ ハイドレイド事業推進部 部長
1970年生まれ。1993年、金沢大学工学部機械システム工学科卒業。同年アイシン精機(現・アイシン)入社。同社が1966年より事業展開していたベッド事業で睡眠研究に携わる中で空気中の微細水粒子に着目。現在は、ハイドレイド事業推進部 部長として、水分テクノロジーの事業展開を推進。専門分野は材料力学、人間工学、生理学。研究テーマは、睡眠研究、微細水粒子生成・放出メカニズム解明、微細水粒子の生体適応可能性。
井上さんを長く悩ませたのは効果そのものではなく、「なぜそれが起きているのか」というメカニズムに関する問いだった。
「当時、確認できていた効果の一つが、肌や髪に対する潤いでした。粒子が非常に小さいことから浸透しやすく、潤いの持続性にも特徴が見られます。それに伴い、ヘアカラー剤の持続性が向上したり、髪のキューティクルが閉じたりすることも分かってきました。こうした作用の背景にあるのが、やはり粒子のサイズです。髪や肌に作用するには、まず物理的に入り込める大きさであることが前提になります。例えば髪のキューティクルの隙間は、およそ20ナノメートルとされています。それより小さければ、入り込める可能性があるわけです。
そこで、まず水の粒子の大きさを突き止めようとしました。当初は測定方法も手探りで、なかなか結果が出ませんでした。それだけに、高知工業高等専門学校の長門研吉教授(当時。現・同校嘱託教授)との共同研究によって、約1ナノメートル付近にピークを確認できたときは、本当にうれしかったですね。長く正体の見えなかった対象に、初めて輪郭が与えられた瞬間でした。もしあの結果が得られていなければ、ここまで研究は進まなかったかもしれません。
ただ、この測定は対象に電荷を付与した状態で行ったものでした。電荷を加えると、本来の性質が変わってしまっている可能性があります。帯電していない、ありのままの状態で正確なサイズを測るには、どうすればよいのか。その課題が残っていたのです」(井上さん)
サイズだけでは説明がつかない現象もあった。膜の中にあった水が、どのような状態で外に出て、対象に届くまでの間にどう変化しているのか。その正体に迫るには、微粒子計測の専門家の力が必要だった。
「膜から発生した水粒子が対象に届き、触れるまでの間どんな状態でいるかは、私の長年の疑問でした。この問いを解くために、学会発表や論文を調べるなかで瀬戸先生の研究にたどり着きました。
重要な手がかりとなったのが、膜や肌の近傍で超高湿度の『過飽和』状態ができれば空気中で微細水粒子が存在できること、そして微細水粒子が『準安定』の状態であれば、水粒子が安定を求めて髪や肌などに付着しやすくなることという2つの考え方でした。この現象が立証できれば、微細水粒子の効果を説明できるようになると考え、ご理解いただき、共同研究に着手しました」(井上さん)

そもそも、自動車部品のグローバルサプライヤーであるアイシンが、なぜ水の微粒子という畑違いの領域に挑み続けるのか。井上さんの答えは明快だ。
「私たちが大切にしてきたのは、技術そのものを追い求めることではなく、それが社会の困りごとの解決につながるか、お客様にとって価値があるか、という視点です。今回の技術も、その考え方があったからこそ、社内の理解を得て進めてくることができました。
そうした姿勢のもと、2026年4月から当プロジェクトは新たな段階に入りました。これまでは実証や事業検証が中心でしたが、現在は美容・健康関連機器の開発・製造・販売を手がける企業である株式会社MTGと連携し、髪向けの装置を展開するなど、本格的な事業化に向けた取り組みを進めています。一方で、水という素材そのものには、まだ多くの可能性があります。薬剤の働きを補助できる可能性や、植物や菌の培養など、生き物全般への応用も期待しています。水は世界中のどこにでも存在する資源です。その特性を生かしながら、社会に役立つ技術として発展させていきたいと考えています」(井上さん)
自動車内や寝室の湿度を整える技術から始まった探究は、約1ナノメートルという分子と粒子の境界へとたどり着いた。なぜ髪や肌にはたらきかけるのか――その問いの答えは、まだ完全には見えていない。しかし、その正体に迫る研究は、一歩ずつ着実に前へ進んでいる。空気から生まれる極小の水が、どこまで可能性を広げていくのか。その答えを探る挑戦は、これからも続いていく。

※1 世界最小:同種の水クラスターを安定的に生成できる実用化された技術(世界主要メーカー公表値)との比較による(ステラアソシエ調べ/2025年11月1日)
