日本は資源の乏しい国だといわれるが、そんな課題とは無縁な資源が“空気”だ。この空気を材料として直径約1ナノメートルという“微細な水の粒子”を作る技術を、自動車部品のグローバルサプライヤーであるアイシンが開発した。どこにでもある空気を素材とするからこそ、さまざまな場所で使え得る技術であり、その活用の幅は計り知れないといえるが、そもそもこの「微細水粒子(びさいみずりゅうし)」とは何なのか。東京大学物性研究所教授とアイシンの開発者が語る、水をテーマとした研究の意義と微細水粒子の可能性とは――。

東大教授が挑戦を続ける理由――身近で普遍的な存在“水”に世界を塗り替える可能性が眠る

東京大学物性研究所の原田慈久教授が探究するのは、実際には存在し得ないとされてきた「水の未知の姿」だ。私たちの身の回りにある水があらゆる分野で革新的な機能を発揮し、多くの社会課題の解決につながる可能性も見えてきた。原田教授の研究から見えてくるのは、まったく新しい水の物語だった。

「水という物質を科学的に研究する分野には、100年以上の歴史があり、少しでも定説と違うことを言えば世界中から厳しい批判にさらされます。研究が尽くされた感もあり、既存の理論体系が極めて強固なのです。実際、我々が『水は一様な液体ではなく、その中に独立した氷様の構造体ができては消えているのではないか』という仮説を論文にした際も、受理されるまでに2年もの月日を要しました。

水という物質そのものを扱おうとすると、どうしても重厚な歴史の壁が立ちはだかる。そこで視点を変えて、物質の界面――表面を見ることにしたのです。表面で起きる現象なら、定説にない現象を発見しても『これは表面という特殊な環境のせいだ』という説明が立ちますから」(原田教授)

原田慈久(はらだ・よしひさ)
原田慈久(はらだ・よしひさ)
東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 軌道放射物性研究施設 教授・施設長
東京大学シンクロトロン放射光連携研究機構 機構長

1972年生まれ。1995年、東京大学工学部物理工学科卒業。2000年、同大学大学院工学系研究科博士課程修了。その後、理化学研究所播磨研究所を経て、2007年、東京大学大学院工学系研究科特任講師。2009年、東京大学大学院工学系研究科特任准教授。2011年、東京大学物性研究所准教授。2018年、東京大学物性研究所教授。専門分野は、量子ビーム科学、光物性、生物物理・化学物理、物理化学、機能材料・デバイス。研究テーマは、軟X線発光分光の開発と応用。

以来、原田教授は高輝度な「軟X線」(※1)を用いて、表面や界面における水の電子状態を解析し、その性質の正体を突き止める研究に心血を注いできた。そして2019年、運命的な出会いが訪れる。それは水分子が数十~数百個集まった、直径約1~2ナノメートル(※2)の微細水粒子――実際には安定に存在しないとされてきた、特異な状態の水だった。

「皆さんは最新のシャワーヘッドや洗濯機などで使われる『ナノバブル(ファインバブル)』(※3)という言葉を聞いたことがあるかもしれません。それらは直径100ナノメートルほどといわれる「気体の泡」で、泡と水・泡と汚れの境界面で起きる物理化学作用によって汚れを落とすと考えられています。このように、ナノバブルでは「界面」が重要な役割を果たしますが、実は微細水粒子においても、液体と気体の界面が体積に対して大きいことが、その特性や機能と深く関係しています。

微細水粒子は水分子が詰まった「液体の粒」で、体積比では100万分の1という圧倒的な小ささです。ただし、この大きさの水は、熱力学的にはとても不安定なのです。本来、水分子が数百個集まった程度の塊は、大気中に放り出された瞬間にバラバラの気体となって拡散してしまいます。分子同士が引き合う力より、熱運動で飛び出そうとする力の方がはるかに強く、液体の状態を保てないからです。

それほど小さな液体の粒が、合体も拡散もせずに独立して存在する。それは、これまでの水の常識からすれば、極めて考えづらいものでした」(原田教授)

可視光(通常の光)では見えない極小の水粒子をどのように確認したのか、興味を持たれる方もいるだろう。鍵となったのは、巨大な放射光施設で発生させる「軟X線」だ。通常の光(可視光)では捉えきれない物質の微細な電子状態を解析することで、原田教授は水が微細な粒子の状態であることを解き明かしていった。

「私たちが用いたのは、酸素原子の電子状態をダイレクトに観測できる特殊な手法です。解析の結果、この粒子はバラバラの『気体』ではなく、水分子同士が水素結合で結ばれた『液体』特有の構造を持っていることが示されました。世界でも極めてまれな分析技術を用いることで、ようやく科学的にそれを示唆する結果を得たのです」(原田教授)

なぜ「直感に反して」粒子の状態が保たれているのか。そのメカニズムはまだ完全には解明されていないが「実際はある程度の寿命があるのではないか」と原田教授はみている。この寿命のうちに皮膚や髪などを含む材料に到達することによって、微細水粒子にはこれまでの水にはなかった「3つの機能」が生まれ得る。

「1つ目は、圧倒的な『透過力』です。微細水粒子の直径は約1ナノメートルと、細胞間の隙間や多くの多孔質材料の構造よりもはるかに小さい。そのため物質内部へと自然に入り込み、水分子が周囲の分子と結びついた『水和層』(※4)を形成して長く留まります。

2つ目は結合力です。中性だった水粒子の表面が材料界面で電荷分離し、結果としてマイナスに帯電する性質があるため、静電的な相互作用によって肌や髪に吸着しやすいという性質があります。3つ目は、対象物を濡らしにくい『非結露性』です。表面を濡れた状態にしないことが重要な局面において、有用な機能となります」(原田教授)

画期的なのは、「ただの水」にこれらの機能があることを発見したことにあり、医療や農業などさまざまな分野で応用の可能性が開けてくる。

「水という身近で普遍的な存在の中に、物質科学の理解を更新し得る可能性が眠っていました。この目に見えないほど小さな世界を緻密に解析し、機能として理論化・実証していく力は、まさに日本の得意とするところであり、国際的にも注目され得る研究分野です。

日本発の小さな粒子が物質科学の理解を更新し、さまざまな社会課題への新たなアプローチにつながっていく。そんな未来に、私は期待しています」(原田教授)

自動車部品メーカー・アイシンが生み出した“極小サイズの水粒子”、その可能性

2019年に原田教授の研究室に微細水粒子の発生装置を持ち込んだのは、アイシンだった。自動車部品のグローバルサプライヤーである同社は技術開発の過程で装置を製造し、応用を検討する中で、研究者に「科学的な裏付けを取りたい」と依頼したのだった。当初から開発に携わってきたVC事業センター新事業創生ラボの井上慎介さんに話を聞いた。

「アイシンは売り上げの95%以上を自動車部品が占める会社ですが、前身のアイシン精機設立の翌年、1966年から半世紀以上にわたり、ベッドや寝具の事業を続けてきた経緯があります。私自身も長年睡眠の研究に携わり、寝室空間の湿度調整で喉や肌の乾燥を改善して睡眠の質を向上させるというテーマで2015年から開発をスタートしました。

試行錯誤する中でアイシンが自動車部品で培ってきた技術開発力とものづくり力を結集させ、空気中の水分を効果的に吸着できる仕組みを実現しました。無給水で水を供給できる特殊膜を開発し、これがキーテクノロジーになりました」(井上さん)

井上慎介(いのうえ・しんすけ)
井上慎介(いのうえ・しんすけ)
株式会社アイシン VC事業センター 新事業創生ラボ ハイドレイド事業推進部 部長

1970年生まれ。1993年、金沢大学工学部機械システム工学科卒業。同年アイシン精機(現・アイシン)入社。1966年より同社が事業展開していたベッド事業で睡眠研究に携わる中で空気中の微細水粒子に着目。現在は、ハイドレイド事業推進部 部長として、水分テクノロジーの事業展開を推進。専門分野は材料力学、人間工学、生理学。研究テーマは、睡眠研究、微細水粒子生成・放出メカニズム解明、微細水粒子の生体適応可能性。

当初は睡眠中に安定的に湿度を供給するシステムを考えていたが、開発した装置から放出された水の粒子――のちに「Hydraid(ハイドレイド)」と名付けられたそれは、想定を超える機能を発揮した。愛知医科大学医学部の西村直記先生(当時。現・日本福祉大学スポーツ科学部教授)との共同研究で、加湿器のスチームだとすぐに乾いてしまう肌の水分量(肌湿度)が、その装置では6時間以上も維持されることが判明したのだ。

「肌には強固なバリア機能があるはずなのに、外部から水分を与えるだけでそんなに持続するはずがない。『何が起きているんだろう』という疑問を抱きました。私が立てた仮説は、装置から出た水は肌表面の細胞間隔(約50ナノメートル)よりも小さいため、肌の内部まで浸透するのではないか、というものでした。

そこで『まずは大きさを測ってみよう』となり、高知工業高等専門学校の長門研吉教授との共同研究からスタートしました。その結果、1.4~1.5ナノメートル(スチームの600分の1以下)ということが判明したのです」(井上さん)

ハイドレイドは約1ナノメートル、世界最小の水粒子(※5、6)

ハイドレイドは約1ナノメートル、世界最小の水粒子(※5、6)

粒径が分かったことで、井上さんの関心は「この水は、どこまで届くのか」という点へと広がっていった。肌の細胞間隔より小さいのであれば、同じく外部からの水分が入りにくいとされる毛髪内部にも到達できるかもしれない。毛髪のキューティクル細胞の境界には「細胞膜複合体(CMC)」と呼ばれる層があり、約20ナノメートルほどの厚さと見積もられている。

「そこで試験的に美容院で使用してもらったところ、当初は『しっとりする』『まとまりが良い』といったお客様の声が集まりました。ですが、それは美容院で施術されるシャンプーやコンディショナーの効果かもしれません。

ところが、試用を続けるうちに美容師さんたちからも『カラー剤の入りや持続性が良くなる』『数カ月後も効果が持続しているようだ』といった声が集まるようになったのです。本当にそういう変化が起きているのだとしたら、それはサイズの仮説だけでは説明しきれません」(井上さん)

この技術を製品として世に出すのであれば、分子レベルでメカニズムを解明する必要があった。そうした時にアイシンのチームがたどり着いたのが、電子状態の解析を専門とする原田教授だった。

「最初は、自動車部品のメーカーがいきなりやってきて『不思議な水があるんです』と相談しても、相手にされないのではないかという不安もありました。しかし、原田先生は私たちが持ち込んだデータに関心を持ってくださり、微細水粒子がこれまでの水の常識から外れた、極めて異例な状態であることに気づいてくださいました。

2020年から始まった共同研究では、世界最大級の放射光施設「SPring-8」(※7)や国内最新鋭の放射光施設「NanoTerasu」(※8)を用いた高度な計測技術によって、この未知の現象を科学の言葉で整理していただくプロセスが続きました。私たちが現場で見いだしていた現象が、学術的にどのような意味を持つのか。客観的な解析によって、ハイドレイドが空気中で液体構造を保った微細な水粒子であることが明らかになりました。これまで存在し得ないとされてきた水を、自分たちが実現していたことにも、驚きと喜びがありました。原田先生も、大変興味深い現象として見られていました」(井上さん)

多くの大学との研究は、美容師が感じている感覚を「メカニズム」へと昇華させ、ハイドレイドを美容分野へ本格展開させる大きな契機となった。さらに、その研究は肌の内部で起きている変化の検証へと進んでいる。

「特に注目しているのが、肌のバリア機能をつかさどるセラミド(※9)への影響です。大学や医師との研究により、ハイドレイドを使用することでセラミドの産生をサポートすることを示唆するデータが得られつつあります。

現在も検証中ですが、これまでに継続使用で保湿を示す指標に有意な改善が見られました。また、こうした結果は学会でも報告されています。一時的な保湿ではなく、肌のコンディションそのものに働きかけるアプローチになり得ると考えています。

現在は、食品の鮮度保持、農業における発芽促進や栄養素の増加、さらには発酵促進といった分野でも実証実験が進んでいます。微細水粒子が生物や物質に与える影響を深掘りしていくことで、医療・食品・農業など、多様な領域での社会実装の可能性が見えてきました」(井上さん)

社会実装に期待が寄せられる“超微細な水粒子”ハイドレイド、4つの特徴

「睡眠を良くするには」という問いから始まったプロジェクトは、研究者との出会いを経て、人々の暮らしを根底から支える技術へと進化を遂げようとしている。製品化と実証が進み、ハイドレイドは「水」という汎用素材を技術資産へと変換する存在になりつつある。この微細な水の粒子が、どこまで可能性を広げていくのか。今後のさらなる展開に期待したい。

原田氏と井上氏

※1 エネルギーの低いX線領域(おおよそ100~2000eV)を指し、物質中の特定元素の電子状態や化学結合を高精度に解析できる。水や有機物の構造解析に適している。
※2 ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1。
※3 直径100μm未満の気泡の総称で、直径1~100μmの「マイクロバブル」と1μm未満の「ウルトラファインバブル(ナノバブル)」に分類される。洗浄性向上や節水効果などから、シャワーヘッドや洗濯機、工業洗浄などで利用が広がっている。
※4 水分子がタンパク質や高分子などの表面に結合して形成される安定した水の層で、物質の機能維持や生体反応に重要な役割を果たす。
※5 世界最小:同種の水クラスターを安定的に生成できる実用化された技術(世界主要メーカー公表値)との比較による(ステラアソシエ調べ/2025年10月1日)
※6 本記事内の画像および表におけるスチーム粒子:2016年当時国内市場で販売されていた他社スチーマーA
粒子サイズ:A社スチーム粒子:約1800nm(測定方法:DANTEC社製 位相ドップラ式粒径流速測定装置)
同社粒子:約1nm(測定方法:ワイコフ科学 DMAナノ粒子測定装置)
* 同社粒子は位相ドップラ式粒径流速測定装置では微小なため検出できず。
※7 兵庫県にある世界最大級の放射光施設。原子・分子レベルで物質構造を解析でき、ノーベル賞研究を含む多数の最先端研究に利用されている。
※8 宮城県仙台市にある軟X線領域に特に強みがある最新鋭の放射光施設。産業分野の課題を積極的に取り入れつつ、物質・生命科学の幅広い分野の最先端研究に利用されている。
※9 皮膚の角質層に存在する脂質成分で、水分保持と外部刺激の遮断を担う「バリア機能」の中核物質。加齢や乾燥により減少する。
※10 下記試験内容にて確認
【試験結果】2016年当時国内市場で販売されていた他社スチーマーAよりも同社技術を照射した方が角層水分量が高い傾向を確認
【試験機関】愛知医科大学(共同研究先)
【試験方法】30~46歳の女性17名、30分照射⇒120分放置後に角層水分量を測定(アイ・ビィ・エス社製 skikon-200)
* 共同研究時の試験環境における結果であり、結果には個人差がある。