タブーな話もする
ある東大生は、「中学受験をする前に、どれくらいの費用が受験で発生するか、親から説明された」と言っていました。どの塾にどれだけのお金が必要か、模試の費用や入試当日の出費まで、受験に必要な資金をきちんと伝えられたそうです。
一般的に、小学生にお金の話をするのは、「まだ早い」「現実的すぎる」「子どもには重すぎる」といった理由で、タブー視されやすいと思います。
無邪気な子どもらしさを守ろうとする親心から、現実を遠ざけてしまうのです。
しかし、東大生たちの家庭では、そうした非常識が“日常”になっていました。
「親の仕事や収入の話を、当たり前のように聞かされていた」
「親戚同士の揉めごとや人間関係を、隠さず話してくれていた」
「泣いていたら、『泣いてもいい。でも、今できることはなに?』と、問われた」
自分で考え、選び、動く力を身につける
このように東大生は、子どもの頃から大人扱いされて育っています。家庭のなかに「自分で感じて、考える空気」が自然と生まれていたのです。親が最初から教育の一環として、計算づくでそうした関わりをしていたわけではないでしょう。ですが結果的に、子どもは自分の意思で物事を考え、選び、動く力を身につけていったのです。
たとえば
・受験に必要なお金を子どもに伝える
⇒ 受験は家族全体の投資であり、自分もその一員という当事者意識をもつ
・仕事や給料の話を子どもにする
⇒ 社会全体の仕組みや「働く意義」、どんな責任や葛藤が大人にはあるのかを知る
・親戚関係の揉めごとや人間関係のもつれを話す
⇒「正しさ」や「感情」だけでは物事は動かないことを肌感覚として理解する
・泣いているときに、ただ甘やかすことをしない
⇒ 変わらない結果に落胆するのではなく、これからの行動に視点をきり替える
このような大人すぎる話を日常の会話のなかで受け取り、子どもながらに現実と向き合う力を少しずつ手に入れていったのかもしれません。
子どもを、お客様にしない。過剰に守るのではなく、現実に触れさせる。そうした親の姿勢が、子どもの意思決定力や主体性を築いていきます。
もちろん全員がそうであるわけではありませんが、多くの東大生の家庭には、「自分で考え、決めることが当たり前」の文化が、根づいていたように感じます。
それは、厳しく管理された教育でも、過保護なサポートでもありません。子どもを信じて、一人の人間として接する姿勢が、子どもに「自分のことは自分で決める」「困ったらまずは自分で考えてみる」というスタンスを生ませているのです。



