三菱電機で新規事業創出を推進するビジネスイノベーション本部を率いる松原公実氏とFoF方式で海外トップティアVCに分散投資を行いオープンイノベーションを経営成果につなげるAT PARTNERSの秋元信行氏がオープンイノベーションを経営アジェンダとして推進するための条件について語り合った。

事業ポートフォリオの変化のなさに危機感を抱く

【松原】社会の変化に応えながらビジネスを変えていかないと、淘汰される時代です。私たちは、業績は安定していますが、事業ポートフォリオが長い間変わっていません。そこに強い危機感を抱き、新規事業創出に特化した組織として2020年に生まれたのがビジネスイノベーション(BI)本部です。ただ、当初はどうしても既存事業と同じ考え方で進めてしまい、なかなか成果が上がりませんでした。

三菱電機株式会社 上席執行役員 ビジネスイノベーション本部長 松原公実 Komi Matsubara 東京藝術大学を卒業し、1992年4月入社。デザイナーとして家電製品のデザインにとどまらず、製品企画のアイデアづくりや事業コンセプト提案など広義のデザインに携わる。2015~17年内閣府へ出向。22年統合デザイン研究所長、23年4月から開発本部の開発業務部長。24年4月からビジネスイノベーション本部副本部長、25年4月から現職。
三菱電機株式会社
上席執行役員
ビジネスイノベーション本部長
松原公実 Komi Matsubara
東京藝術大学を卒業し、1992年4月入社。デザイナーとして家電製品のデザインにとどまらず、製品企画のアイデアづくりや事業コンセプト提案など広義のデザインに携わる。2015~17年内閣府へ出向。22年統合デザイン研究所長、23年4月から開発本部の開発業務部長。24年4月からビジネスイノベーション本部副本部長、25年4月から現職。

【秋元】世界中のあらゆる領域で、ものすごいスピードでイノベーションが進んでおり、一企業単独の力では競争力を維持することが難しくなっています。だからこそ、日本でも多くの企業がオープンイノベーションに取り組んでいるわけですが、企業価値や国際競争力の向上につなげられているケースは、残念ながらそれほど多くありません。

【松原】私たちも、オープンイノベーションは不可欠という認識の下、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の運営やVCへの投資などに取り組んできました。しかしそれだけでは、アクセスできるスタートアップの数に限界があります。三菱電機は現在12の事業を展開していますが、さらに新しい領域で事業を創出しようとすると、相当広い領域を見る必要があります。世界のスタートアップエコシステムに接続して質の高い情報を得るにはどうしたらいいかは、悩みの種でした。昨年、AT PARTNERSの3号ファンド「AT PARTNERS III L.P.」に出資したのは、こうした課題を克服し、オープンイノベーションを加速したいと考えたからです。

トップティアVCを通じてスタートアップに接続する

【秋元】多くの企業が、グローバルレベルのスタートアップとの接点に課題を抱えています。有望なスタートアップは、GAFAなどの企業に創業初期から投資してきた実績を持つトップティアVCに集まります。しかし、日本企業がトップティアVCに直接アクセスするのは、かなりハードルが高い。

AT PARTNERS株式会社 Co-Founder & General Partner 秋元信行 Nobuyuki Akimoto 1987年日本電信電話株式会社入社。99年からNTTドコモに移り、米シリコンバレーで現地法人のCOOやCEOなどを歴任する。2013年4月からNTTドコモ・ベンチャーズ取締役副社長としてファンド運用全般を担当。長年オープンイノベーションに従事し、18年にAT PARTNERSを創業。
AT PARTNERS株式会社
Co-Founder & General Partner
秋元信行 Nobuyuki Akimoto
1987年日本電信電話株式会社入社。99年からNTTドコモに移り、米シリコンバレーで現地法人のCOOやCEOなどを歴任する。2013年4月からNTTドコモ・ベンチャーズ取締役副社長としてファンド運用全般を担当。長年オープンイノベーションに従事し、18年にAT PARTNERSを創業。

私たちは、複数のトップティアVCに投資するFoF(ファンド・オブ・ファンズ)モデルを採っており、これまで20のトップティアVCと37のファンドに計500億円を超える投資を行っています。そして、投資先を通じて得た優れたスタートアップの情報や接点を提供しています。日本の事業会社向けに、財務的リターンを担保しながら戦略的リターンも得られるFoFモデルを提供しているのは、おそらくAT PARTNERSが初めてでしょう。

さらに、われわれの投資先VCが持つ累計6000社を含む、世界中の400万社以上のスタートアップを網羅した独自のデータベース「ATDB」も強力な武器になるはずです。三菱電機ほど多岐にわたるビジネスを行う企業には、自分たちの目の届く範囲だけで探すだけではとうてい足りません。ATDBは効率的・効果的に自社の事業戦略や成長領域に資する企業を見極めるための分析プラットフォームです。

オープンイノベーションを「実装」する支援

【松原】スタートアップを見極め、接点を持ったとしても、それを事業につなげるのは簡単ではありません。また私たちは、単に既存事業の足りない部分を補完して短期的な業績を上げるためだけにオープンイノベーションに取り組んでいるわけではなく、「将来の事業ポートフォリオを変革する」という、経営戦略につながる目的を持っています。短期的視野と長期的視野を両立させ、どうやってオープンイノベーションを経営戦略に接続するか。そこも大きな課題でした。

AT PARTNERSには、単なるスタートアップの情報提供にとどまらず、私たちが成長する先を一緒に見据え、事業支援まで踏み込んでもらっています。通常のVC出資からは得られない、深いレベルの支援です。

【秋元】オープンイノベーションには非常に時間がかかり、場合によっては成果が出るまでに2、3年かかることもあります。一方、企業の業績評価は半期や1年ごとなので、小手先の協業やPoC(概念実証)のような、「やっている感」の出る、分かりやすく小粒な成果止まりになりがちです。

描いた経営戦略を因数分解し、目指す新規事業の領域や技術、ビジネスモデルを明確にして事業計画に落とし込む。そしてターゲットとなる市場を調査し、有望そうなスタートアップを発掘して交渉し、協業や商用化、M&Aなどにつなげていく。そうした取り組みを事業や企業価値向上につなげて初めて意味があります。われわれはその1から10までの全てのプロセスに伴走しており、私たちが支援しているのは単なるスタートアップの探索ではなく「経営戦略の実装」と言った方が近いかもしれません。

【松原】各プロジェクトに入り込んで“壁打ち”相手になってもらっているだけでなく、「BI本部としてプロジェクト全体をどんな方針で運営すべきか」についても一緒に議論しています。投資家視点の厳しい指摘や助言によって、各プロジェクトの解像度は各段に上がっていますし、事業創出のケイパビリティも高まっています。

「スタートアップと組めば何か新しいことができる」という安易な考えで臨んでもオープンイノベーションはうまくいきません。当たり前ですが、まず自分たちが何をやりたいのかを明確にして、一緒に成長できるスタートアップと連携することが重要です。BI本部が立ち上がって6年になりますが、AT PARTNERSの強力なバックアップを得ながら目指す新事業の姿を明確に定めて、オープンイノベーションを推進していきたいと考えています。

【図表1】オープンイノベーションを「経営アジェンダ」にする

【秋元】オープンイノベーションというと、検討したスタートアップの数やPoCの件数などのKPIに目が向きがちですが、本当に重要なのはそれが経営戦略につながる“次のフェーズ”に進めているかどうかです。オープンイノベーションの目的は事業創出や企業価値向上につなげることです。私たちは日本企業がそれを経営アジェンダとして継続的に推進できるようATPモデルを通じて支援していきます。

【松原】そして、“次のフェーズ”に進むには、こうした活動を属人化させない体制や評価軸が必要です。そうした全社的な「仕掛け」づくりもBI本部が中心となり進めていきます。

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の有価証券、ファンドその他の金融商品への投資の勧誘または売買の推奨を目的とするものではありません。また、記載された内容について、その正確性・完全性を保証するものではなく、将来の投資成果を示唆するものではありません。