気が済むまで触らせるしかないのか
「本来、人類は3歳くらいまでは母親の母乳を飲んで生活すると言われています。しかし社会状況の変化のなかで、いまはもっと早い段階で離乳するのが、当たり前になっています。そんななかで、牛乳を飲む際にお母さんのおっぱいに手が延びる。それはお子さんにとっては自然な欲求だと受け止めた方がいいと思います」
自然なこと――。その一言に安堵した私に、遠藤先生は続けた。
「お仕事で十分に応えてあげられない場合は、事情を説明して理解してもらうことも大切です。3歳を過ぎると、大人の言葉を受け入れる力がついてきますから」
私たちもKに事情を説明し、おっぱいを触る時間を早めに切り上げようと努力はしてきた。
「ミルクを早く飲んで保育園に行こう」「お仕事だから、終わりにしよう」「もう3歳なのに、まだおっぱい好きなの?」……。試行錯誤し、言葉をかけてきたつもりだったが、効果がなかった。最近は、気が済むまで触らせるしかないと諦めて、朝のルーティンと化している。
どんな形で説明すれば、3歳児は受け入れてくれるのだろう。
かけるべきは「部分否定」の言葉
「お子さんの件に限らずに、基本的に子どもがやってはいけないことをしようとしたら、親が制止しなければなりません。そのときによくないのが、子ども自身を全否定する言葉。“部分否定”をしながら説明してあげるといいと思います」
「ダメな子だ」「悪い子だ」「言うことを聞かないと家から出て行ってもらう」……。そんな言葉は、全否定になり、子どもを傷つけ、恐怖や不安を与えるリスクがあるという。
遠藤先生の指摘に不安がよぎる。
私はKに「Kはもう3歳なのにまだおっぱい触っているの?」「まだ赤ちゃんなの?」とよく声をかける。これは全否定になってしまうだろうか。
「それはありですね」と遠藤先生は笑った。
「ちょっと恥ずかしいという子どもの気持ちに訴えていく。それは日本で昔から行われてきたしつけのひとつです」
では“部分否定”とは何か。
「『Kちゃんはお母さんのこと大好きだもんね。でも、もうお仕事だから今日はもうやめようね』というような形で、いったんお子さんの気持ちを受け止めた上で、理由を説明してやめさせる。それが、部分否定の基本ですね」
仕事上のコミュニケーションで必要なスキルのように思える。育児とは、ふだんのやり取りの延長線上にあるのかもしれない。



