第一線で働いてきた人ほど落差が大きくなりやすい
日本の人口構造は大きな転換点を迎えている。2030年には65歳以上の人口が全体の約3割、70年には約4割に達すると推計されている。今後の社会の在り方を考える上で、「この層の活力をどう維持するか」は重要なテーマとなる。MUFGによる「リタイアメントガイド」は、こうした社会背景を前提とした一冊だ。退職後に起こり得るイベントの全体像を可視化し、各フェーズにおいて検討、対応すべき項目が体系的に整理されている。社会から引退すると捉えられがちな「リタイアメント観」を転換し、ポジティブな一歩を踏み出してもらうことが目的だ。
同社執行役員、リテール・デジタル企画部アフルエント戦略室長の七條真輔氏は「日本には特有の定年制度があり、外部に決められた節目が設定されています。それまでバリバリと働いてきた方ほど、退職後の生活との落差が大きくなりやすい傾向があります」と指摘する。
株式会社 三菱UFJフィナンシャル・グループ
執行役員 リテール・デジタル企画部
アフルエント戦略室長
「企業に勤めている間は仕事で日々忙しく過ごし、家庭でも経済的な柱として頼りにされているでしょう。自分が必要とされているという感覚を持ち続けることができますが、退職を境に根本的な変化が訪れるのです。このリタイアメントガイドは金融領域だけではなく、心情面の変化にも深くフォーカスしていることが特徴です」
その変化を、リタイアメントガイドは「七つのエレメントの変化」と表現して整理している。現役時代に築き上げてきた「時間」「肩書」「評価」「人脈」「家族」「健康」「資産」だ。仕事がなくなれば、どこで何をして過ごすのか。肩書が外れた時、個人としての人間関係をどう築くか。収入が減る中での資産の使い道は――三菱UFJ銀行が約1000人を対象に実施した「現役層・退職層アンケート」が浮き彫りにしたのは、多くの人が漠然とした不安を抱えながらも、退職後の実態を捉えきれずにいるという事実だ。七條氏は強調する。
「不安と向き合うことを後回しにせず、“このようなことが起こり得る”と現役のうちから理解し、準備を進めておくことがポイントです」

「三つの寿命」を意識して使える時にしっかり使う
退職後の人生で意識しておきたいのが、生命寿命・健康寿命、そして資産寿命の「三つの寿命」が重なり合う特別な時期があるという点だ。心身が健やかで活動的な状態にあり、お金や時間を自由に使いやすいこの時期は、いわば「ボーナスタイムと捉えることができる」と、七條氏は言う。
「日本人はお金をためることは得意ですが、使うのがあまり上手ではない国民性だとよくいわれますよね。ボーナスタイムの間に、しっかりとお金や時間を使って、これまでやりたかったことに思う存分に取り組むことが、『人生の豊かさ』につながる極めて大切な視点です」
日本人の平均寿命は戦後、20年以上も延伸し、男性は81歳、女性は87歳を超えた。ただ、誰もがこの年齢まで「元気に過ごせる」とは限らない。
「健康寿命は、男性は約72歳、女性が約75歳前後と、意外と長くはないというのが現在の状況です。いつか旅行したい、趣味を始めたいなどとゆっくり考えているうちに、ご自身、あるいはパートナーが病気になってしまうなど、年齢を重ねるにつれて不確定な要素も増えていくでしょう。だからこそ、三つの寿命が重なっている期間をできるだけ長く保ち、また予期しない事態が起こっても慌てずに対応できるようにそなえておくことが大事なのです。生命寿命、健康寿命についてはコントロールできない部分が大きいものの、資産寿命はいつから、どんな取り組みをするかが大きく影響します」
欧米には「Nest Egg(巣の卵)」という概念があり、資産を守りながら育て、人生の後半で生かすことの重要性を説いている。まさしく資産形成における最大の味方は「時間」だ。七條氏はその利点を次のように説明する。
「仮に年利3%で500万円を運用した場合、5年後と30年後では増加額に約9倍もの差がつくなど、複利の効果は、時間が長ければ長いほど大きくなります。また、タイム・イン・ザ・マーケットという言葉があり、短期的な値動きに翻弄されてマーケットから離脱することなく、資産を分散して市場に長くとどめておくことが資産運用では重要だといわれています。リタイア後に心理的な余裕を生み、前向きな気持ちを引き出すことはもちろん、何より資産の成長に大きな違いがあることが分かっています」

認知症にそなえて、頼れるチームを築くことが重要
資産形成において、もう一つ忘れてはならないことがある。いまや75歳以上の約5人に1人が認知症とされ、40年には約4人に1人に達するとの推計がある。リタイアメントガイドでの退職者アンケートでも「多くの方が、自分が認知症になるかもしれないという不安を抱えています」と七條氏は語る。
「認知能力が低下すると、取り得る選択肢が急激に狭まります。判断能力があるうちに将来の資産管理をどうするか、いざ認知症になったらどうするか、あらかじめ決めておくことがますます欠かせない時代になっていくはずです。まずコミュニケーションを取るべきはご家族です。ただ、迷惑をかけたくないという思いから、切り出しにくいというケースも少なくないでしょう。だからこそ、われわれのような第三者が客観的な立場でアドバイスをしたり、資産管理のソリューションを提供したりすることには大きな意義があると思っています」
4月には信託銀行傘下に「MUFGシニアライフ研究所」を設立。退職金・年金制度の基礎知識、退職に関わる行動や心理、社会参加などをテーマに、リタイア後のセカンドライフ、シニアライフの基礎研究・調査を行う。成果はリタイアメントガイドの更新や新サービスの開発などに役立てていくという。社会への情報発信も行う。七條氏は改めて思いを投げかける。
「皆さんが現役時代に培ってきた知見やノウハウを、退職後の新しい居場所でも生かして活躍できる。そんな社会をつくる後押しになりたいと考えています。MUFGとしても自らに行動変容を促し、時代に即した形でお客さまの人生に長く寄り添うべく、銀行・信託・証券それぞれの力を発揮し、骨太のコンサルティングと幅広いソリューションを届けていきます」
