10ページに及ぶ「学長からの手紙」の内容
手紙では、データを用い、日本の医療と医師の将来像について、丁寧な説明を心掛けている。というのも、私学では学生は医師の子弟が多いと思うが、奈良医大では医師の子弟が比較的少なく、保護者の多くは医療現場の現実を必ずしも熟知しているわけではないからだ。実は私自身、祖父の思いを受けて医師になったものの、家族や親族に医師がいたわけではないので、学生たちの環境が想像しやすかった。
保護者の間には「世の中は医師不足だから医大に入れば安泰」という見方が根強い。だが、実際には医師不足よりも地域や診療科による医師偏在こそが問題だと指摘されている。厚生労働省の推計(2022年2月。医師需給分科会)によれば、医師の労働時間を一般労働者並み(週60時間以内)と仮定した場合、2029年には全国で需給が均衡し、その後は医師過剰時代の到来が見込まれている。
私は、学生のキャリア形成を支える上で、正しい現状認識の共有が保護者の理解を得るために欠かせないと考えている。ここからは、保護者への手紙でも触れた「医師過剰時代にAIが及ぼす影響」について言及しておきたい。
AI革命で起こること
医療の世界で分かりやすい技術革新といえば、かつてはCTやMRIが挙げられた。これらが出現した際には、これらを活用する専門の医師が必要になり、医師不足が進んだ。しかし、今起きようとしているAI(人工知能)革命は少し様相が異なる。AIはすでにチェスや囲碁の世界で人間を凌駕し、複雑な判断の領域にも踏み込んでいる。
人間が行っていた高度な判断まで、AIができるようになってきた。医療分野では、画像診断の領域から導入が始まり、AIによるパターン認識やディープラーニングを用いた診断は、人間とは比べものにならないスピードと精度を示している。さらに診療システムの効率化や疾患の進行予測、ナビゲーションシステムによる手術支援、研究開発における分子データの網羅的収集・解析など、その活用範囲は急速に広がっている。


