「肥満症」と聞いて、どんな印象を持つだろうか。不規則な生活習慣、暴飲暴食、運動不足といった、自己管理の甘さによって引き起こされる体重の増加――つい自分を責めて落ち込んでしまうだけでなく、これから先のQOL(生活の質)を大きく損なうことになるかもしれない。肥満症を克服するには、単なる体重管理だけでなく、早期の医学的診断と適切な治療が必要となる。「肥満」と混同されがちで誤った認識、偏見も根強い中、疾患に対する理解を深め、解決を目指してしっかりと向き合っていくにはどうすればいいのか。肥満症治療の最前線にいる大浜第一病院代謝外科センター長・稲嶺進氏のメッセージも引用しながら、克服のヒントを探る。

肥満症は、なぜ「発見されにくい」のか

年齢とともに増え続け、ますます落としづらくなっていく体重。「ただ太ってしまっただけ」という認識のため、その奥に重大なリスクが潜んでいるかもしれないという危機感を持ちづらく、そもそも「だらしがない自分のせいなのだから仕方がない」と諦めてしまう――。こうした自身、あるいは他者による「スティグマ」(社会的な偏見や差別の意味)にさらされやすいことが、「肥満症」という疾患の本質、危険性を見えにくくしている。これまで外科手術を中心に、数多くの肥満症患者の治療を担当してきた大浜第一病院代謝外科センター長・稲嶺進氏は、「肥満」と「肥満症」の違いについて次のように説明する。

「まず肥満というのは、体脂肪の割合がかなり増えてしまった“状態”のことです。量が多いことを表すもので、疾患を意味するわけではありません。一方で肥満症は、量のみならず“質”の問題も関係しています。体重やBMI(体格指数)が基準以上になっただけでなく健康障害を伴ったもので、正しい診断には専門医の診察が必要です。肥満症は、糖尿病や高血圧、脂質異常症、さらには変形性膝関節症など、さまざまな疾患を合併している、あるいは合併が予測される慢性疾患です。医学的な介入が必要であると定義されている点で、肥満とは明確に区別されています」

大浜第一病院 代謝外科センター長 稲嶺 進氏
稲嶺 進(いなみね・すすむ)
医療法人おもと会 大浜第一病院 代謝外科センター長
沖縄県名護市出身。1999年から腹腔鏡手術、肥満外科手術を探求し、2014年、病的肥満・糖尿病の外科治療に特化した診療を開始。2022年より現職。2025年4月までに、執刀医として668例(Primary613例 Revision55例)の減量代謝改善手術を経験。2012年「日本内視鏡外科学会カールストルツ賞」、2024年「日本肥満症治療学会川村賞」、2020年・2022年「Best Doctors in Japan」を受賞。

20歳以上の日本人で肥満症を抱えているのは、実に約1600万人にも上るとされる(※)。ところが、これだけ身近ともいえる疾患でありながら、「肥満症と診断された」割合はわずか約2.4%しかいないというギャップがある(※)。このデータからは、過剰に太ってしまったとしても「自分は医療を受ける対象ではない」と思い込み、受診の機会が奪われてしまっている現状が見えてくる。また、健診の問診でも「やせましょう」「節制しましょう」とは言われるが、なかなか「肥満症の治療をしてください」と疾患名にまで言及して注意を促されるケースは多くはないだろう。稲嶺氏も「肥満や肥満症について、理解したつもりになっている人が多いことも一因ではないか」と指摘する。

「摂取するカロリーを抑え、体から出ていくカロリーを増やせば解決できると思い込んでいる方が非常に多いと感じています。しかし、それは残念ながら正しくはありません。先ほど述べた通り、肥満症は肥満に起因ないし関連するさまざまな健康障害を伴いますから、単純な体重の増減やカロリーの足し算、引き算で治療できる疾患ではないのです。にもかかわらず、周囲からは自己管理がなっていないからだと厳しい言葉を投げつけられ、本人も自分が悪い、体重を落とすための努力が足りていないと、自己嫌悪に陥ってしまうケースは珍しくありません。こうしたスティグマが患者さんを苦しめ、より受診をためらわせている障壁になっているのは間違いないでしょう」

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【図表1】

あなたを太らせている「本当の犯人」とは?

やっかいなのは、高血圧や脂質異常症などの慢性疾患は相互に関連しており、いつドミノ倒しのように他の疾患を引き起こすか分からない点だ。「慢性疾患が一つしかないからまだ大丈夫」ではなく、決して安心はできないということを、心にとどめておく必要がある。そして、肥満症を発症させる原因は一つではない。生活習慣の乱れはもとより、生理的、心理的、環境的、遺伝的、実に多様な要因が影響を及ぼすことが分かっている。また、加齢に伴う代謝の低下、身体活動の減少などによって消費エネルギー量が減り、男性は30代以降で、女性は40代以降で肥満人口が増えるというデータもある(厚労省「令和5年国民健康・栄養調査」)。女性の場合、更年期を境に性ホルモンの分泌量が大きく変化し、体重が増えやすくなるという側面もある。

このように、背景は単純化できない。その人を肥満症に追い込んだ「本当の犯人は何か」を突き詰めて考え、丁寧に解き明かしていくことが重要だと、稲嶺氏は強調する。

「20年あまりにわたって外科治療を含む総合的な肥満診療を行ってきた経験から、血圧や血糖値のコントロールが難しいのと同じように、体重を意思の力だけで制御しようとするのは非常に困難であることを実感しています。私が肥満症治療に取り組み始めた20年ほど前に、印象的な出来事がありました。当初は、私自身も患者さんが好きなものを好きなだけ食べ続けたから、あるいはストレス解消のために食べすぎたから太ってしまったのだと考えていました。

しかし、話を聞いていくと、どうやらこの考えは本質を捉えていないことが浮き彫りとなったのです。肥満症治療を開始した患者さんたちは、食べる量が減ってしまって残念だ、ストレスが溜まってしまうと訴える方はほとんどいらっしゃいません。余計な食欲がなくなり食べなくて済むのでとても楽になった、元の状態には戻りたくないと話してくれるのです。つまり、肥満症では食欲のブレーキが効かなくなる“何らかのスイッチ”が入ってしまうという印象を持っていましたが、今ではこの状態は“肥満脳”と呼ばれる調整不全になっていることが分子生物学的レベルで明らかになっています。実際に肥満者の脳の状態は、食欲に関する報酬系と制御系に影響をきたしていることを示すいくつかの研究結果(*)もあったりします」

* Guanya Li et al.: Mol Psychiatry 28 : 1466-1479, 2023

従来の「自己責任」の考えから、本人、そして周囲も脱却することが、肥満症の治療を前進させる重要なポイントだと稲嶺氏は言う。

「特に初診の患者さんとは、できるだけ時間をかけて、これまでどんな人生を送ってきたのか、どんな毎日を過ごしているのかについて耳を傾けます。ご自身の意思が弱いから食べているわけではない、肥満症という病気に“食べさせられている”ことを伝えて心の負荷をとるように努めています」

治療の目標は標準体重になることではない

では、肥満症はどのようなアプローチで治療されるのか。食事、運動、行動療法などライフスタイルの改善が基本になるが、十分な効果が得られない場合は食欲抑制剤やGLP-1受容体作動薬等の薬物療法、スリーブ状胃切除術などの外科治療が選択肢となる。治療の主目的は肥満に関連した重大な健康障害を取り除き心身共に健康になることであり、単に肥満の基準であるBMI25を下回ることではない。

肥満症への理解が広がっていないことで、「自己管理が甘いから仕事ができない」と、職場などで不当な扱いを受けてしまう例もある。

「肥満症は患者さん個人の問題ではなく、社会のさまざまなシステムがうまくかみ合っていないことで発症する疾患である、そんな認識を持つことが第一歩です。肥満症は難治性・進行性の慢性疾患であり、一度発症すると簡単に抜け出すことはできず、生活の質(QOL)の低下、身体的・精神的苦痛、医療費の増大、生産性の低下などと関連し、個人にとっても、社会にとっても大きな負担となることが知られています」

自分の体は、今どんな健康状態にあるのか。これから、考え方や行動をどう変えていけばいいのか。良かれと思って減量を始めた結果、「例えば、こんなに運動しているのにやせない、逆にもっと太ってしまった……と苦しい思いを打ち明ける患者さんもいます」と稲嶺氏が言うように、自己判断は肥満症を悪化させてしまうこともある。気がかりなことがあるのなら、まずは医療機関を受診し、適切な治療方針を示してもらうことを意識しておきたい。

稲嶺氏は、悩める患者に力強く呼びかける。

「運動や栄養指導も大切ですし、外科手術、そして薬物療法の登場で肥満症治療の選択肢は急激に広がりました。患者さんの状態に応じて、進化し続けるこれらの治療法をうまく組み合わせていくことで、難治性の慢性疾患である肥満症の闇から一人でも多くの患者さんを救ってあげられるよう力を尽くしていきたいと思っています」