特殊詐欺の被害が後を絶たず、その手口はますます巧妙化している。国は口座不正利用対策を「金融機関の最も重要な経営課題の一つ」と位置付け、その実施を要請。三井住友銀行も「銀行に課せられた社会的な使命」と受け止め、経営層の指揮の下、全社的なプロジェクトとして対策を加速させているところだ。専務執行役員リテール部門統括責任役員の上村明生氏が、現状を説明する。
株式会社三井住友銀行
専務執行役員
リテール部門統括責任役員
1992年、株式会社住友銀行入行。2017年、株式会社三井住友銀行国立支店長。20年、執行役員リテール統括部長、株式会社三井住友フィナンシャルグループ執行役員リテール企画部部付部長。24年、三井住友銀行常務執行役員リテール部門副責任役員、アジア事業戦略本部副本部長、三井住友フィナンシャルグループ常務執行役員リテール事業部門事業部門長補佐。25年4月より現職。
「当行では2023年3月の個人向け総合金融サービスOliveのリリースをはじめ、リアルとデジタルのハイブリッドの推進、グループ会社間や外部企業との提携強化に注力しています。皆さまにOliveの利便性を高く評価していただいた結果、保有者数は700万口座に迫っています」
しかし、広く受け入れられるサービスは、犯罪者のターゲットになりやすいという側面もある。
「利便性の向上が犯罪に与える影響を十分に考慮しつつ、犯罪者に狙われにくい銀行を目指し、不正利用対策のさらなるレベルアップを推し進めてきました。不正利用の早期検知、取引制限はもとより、積極的に先手を打つことで未然防止を可能にする体制を整えてきたのです。口座不正利用対策をミッションとするグループの新設で組織横断的に対応するとともに、警察庁に勤務していたデータ人材を採用するなど、幅広い分野から集めた専門人材たちが、この社会問題に立ち向かうために力を結集させています」
不正利用対策とサービスの進化その両輪を回し続けていく
上村氏は「犯罪者が当行の商品・サービスをどう悪用するか、口座開設時のチェックや不正利用のモニタリングをどのようにくぐり抜けるか、他社の金融サービスまで含めて想像し、金融業界全体のトレンドを収集しながら対策していくことが重要」と強調する。その成果は、目に見えるデータとして表れている。「犯罪に利用された疑いのある当行の口座数(※)は、23年のOliveリリース直後との対比で大幅に減少しています。とはいえ、次々と新たな手口が出てきますから、これで十分だとは決して思っていません。常に次のアクションを探っています」
※犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律第四条に基づく、預金保険機構の債権消滅手続開始に係る公告数。
三井住友銀行は、口座不正利用対策においてメガバンクで初めて公的個人認証サービス(JPKI)による口座開設を開始したほか、全国銀行協会における金融機関間での不正利用口座の情報共有に向けた議論に参加するなど、国内の対策の底上げに貢献するべく、金融機関の垣根にとらわれることなく活動の幅を広げている。上村氏は改めて言う。「口座不正利用の増加のみを理由にお客さまの利便性を損なうことがあってはなりません。対策をしっかりと取りながらサービスを進化させていく、その両輪を回し続けていくことがわれわれの果たすべき責任です」。
非対面だからこそ得られる「情報」を徹底して収集
では、どのようなアプローチが未然防止に効果を発揮しているのだろうか。銀行の利用者たちが日々「当たり前」に「安心」して膨大な量の取り引きを行っている裏側では、口座を悪用しようと機会をうかがっている者たちと、三井住友銀行との熾烈な攻防戦が繰り広げられている。
「このデジタル時代に適したKYC(本人確認)を実践していくことが大切だと考えています。非対面だからこそ取得できる情報を可能な限り収集し、それらを最大限に活用することによって、口座開設の可否を判断していることが大きなポイントです」
株式会社三井住友銀行
リテールリスク統括部
企画第二グループ長
そう話すのは、リテールリスク統括部の立浪亮介氏だ。非対面で口座開設が申し込まれた際に、いかにそこから取得した情報を踏まえて明らかな不正や疑わしいケースを見抜き、「金融システムに入り込ませない」ようにブロックできるか。三井住友銀行が蓄積している膨大な「不正のパターン」や申告内容、端末情報など、さまざまな観点から不審な点をチェックする「シナリオ」を作成。口座開設時の審査において、数十本ものシナリオを組み込んだ「不正申込検知ツール」を活用するなどの態勢が取られている。
「例えば、外国人が組織的に日本人を装って不正な申し込みをしてくる場合にも特有の傾向があります。練度の高い犯罪者は銀行側の対策をよく研究しており、検知を逃れるために周到にデバイスの設定を行うなど、高度な偽装を行います。ですが、周到過ぎる偽装は逆に“あまりに日本人らし過ぎる”不自然さとなって現れることから、その不自然さを捉えるシナリオを導入することで不正を検知しています」
移り変わっていく手口に日々のアップデートで対応
もちろん店頭で口座開設申込が行われるケースもある。店頭設置のタブレットでの申し込みでも、全店に設置されている本人確認書類の真贋判定を行う専用の機械の活用に加え、不正申込検知ツールでの検知を実施することで、悪用目的の口座開設を食い止める。不正利用をたくらむ者は何度も口座開設を断られながらも来店したり、身元を偽ることなく「本人」として申し込んできたりと、犯罪者の行動パターンも多様だ。また近年では、オンラインによる非対面での本人確認(eKYC)の自撮り写真にAIを用いるなど、口座をつけ狙う手法の「トレンド」もどんどん移り変わっていく。
そこで、シナリオがどう機能したか、あるいは何か不備はないか、どれくらいの件数の不正申し込みを検知できたのか、どのような点を改善すべきか――。定期的な検証を主体に、細かな点では毎日のように、口座不正利用対策が更新されているという。
「シナリオの見直しなどによってより多くの不正が検知できるようになると、犯罪者の方でもそれを破ろうと対策を練ってくるわけです。新たな手口で口座が狙われたとしても速やかに対策を取れるよう、スピード感を持って継続的にアップデートしていくことは欠かせません」
立浪氏は「27年4月、犯収法(犯罪収益移転防止法)が改正される予定です。口座不正利用対策は、ここで一つの大きなゲームチェンジを迎えることになると思います」と言う。
改正によって、eKYCが厳格化。JPKIやICチップ読み取りが必須になる見込みで、これまでのような本人確認書類の偽造が困難になる。そのタイミングで、犯罪者たちはどうやって金融機関を欺こうとしてくるのか――。その点についても、すでに対策のイメージは出来上がりつつあると、立浪氏は話す。「新たなチェックの方法についても準備を進めています。お客さまの利便性とセキュリティーのバランスを図りながら、先を見据えて前進していきたいと思います」