「血液のがん」と呼ばれる悪性リンパ腫で、医大生・齊藤樺嵯斗さん(享年24)が9月16日、息を引き取った。齊藤さんは生前、Xなどで闘病生活の様子を発信し、高額療養費制度の重要性を訴えていた。大病を患えば、経済的な負担は避けられない。樺嵯斗さんの両親が直面したお金事情に、ライターの黒島暁生さんが聞いた――。(前編/全2回)
齊藤樺嵯斗さんのXアカウント画面
撮影=プレジデントオンライン編集部
齊藤樺嵯斗さんのXアカウント画面

血液のがんと闘い続けた医大生

2025年9月16日、ひとりの医学生が息を引き取った。齊藤樺嵯斗かざとさん(https://x.com/kazato20001710)、享年24歳。悪性リンパ腫に侵されながらも、彼はSNSを通じて自身の闘病生活を発信し、多くの人々がその前向きな生き方に勇気づけられた。

その一方で、ひとりのがん患者の視点から、高額療養費制度の堅持などを社会に訴えてきた。家族の誰かが重大な病気にかかれば、精神的な疲弊だけでなく、家族は経済的な負担をも余儀なくされる。前編では、闘病患者の家族からみたリアルな生活を率直に語ってもらった。

取材当日、齊藤樺嵯斗さんの両親は「どうぞ」とこころよく迎えてくれた。まだ49日をわずかに過ぎたばかりの樺嵯斗さんの部屋には、花や遺影とともに仲間が寄せ書きをしたグローブが飾られていた。勉強だけでなくスポーツにも積極的に打ち込んだことをうかがわせる。

仲間からのメッセージが書かれた“グローブ” 樺嵯斗さんの部屋で
撮影=プレジデントオンライン編集部
仲間からのメッセージが書かれた“グローブ” 樺嵯斗さんの部屋で

「小学校時代は毎週土日を野球のクラブチームで過ごして。親が言うのもなんですが、運動もよくできる子でした」と父親は微笑む。中学時代はトレーニング部という、特定のスポーツではなく身体を思いきり動かす部活に所属した。中学入学から間もなく、樺嵯斗さんはひとつの誓いを立てたという。

「樺嵯斗が突然、『俺、勉強を頑張る』と言ったんです。そしてそのとおりに、かなり積極的に学習する姿勢をみせていました」

努力の天才に「悪性リンパ腫」が襲い掛かった

もっともこの“やる気スイッチ”には、裏話があるのだと母親が明かした。

「うちは、いるだけでもらえるような“お小遣い制”を採用していませんでした。その代わり、主人が『もしも学年で○位以内に入ったら』と言って、中学生にしては結構な金額を提示しました」

果たしてその試みは奏功した。もとから良かった成績は冴えわたり、約束した順位に到達。両親は約束を履行した。「社会に出たら、対価を提供して初めて認めてもらえる。昔からそうやって育てていました」とその真意を語る。

その後、高校受験では第一志望の公立進学校には嫌われたが、腐らずに学び続けた。結果、現役で医学部へ合格。同じく医学部に現在通う年子の弟をして、「努力の天才」と言わしめた。

樺嵯斗さんが闘った病気の名は悪性リンパ腫。闘病生活は2023年5月から始まった。2025年9月に亡くなるまで、途中に大学復帰を挟んでおよそ2年の治療をしていたことになる。「樺嵯斗の病気があって、前よりも一層、家族の絆は深くて強いものになったと思う」。そう話す父親は「でも、やはり生きてほしかった」と唇を噛んだ。

樺嵯斗さんの父親
撮影=プレジデントオンライン編集部
樺嵯斗さんの父親