(答える人)
内尾紀彦
そらいろ耳鼻咽喉科 センター北駅前院 院長
日本の冬に呼吸器感染症が流行するわけ
2025~26年の冬の感染症シーズンは例年より立ち上がりが早く、10月中にインフルエンザの流行期に入りました。帰省や旅行で多くの人が移動する年末年始は、一般的な風邪を引き起こすRSウイルスや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にも警戒が必要です。
ところで、なぜ冬に風邪などの呼吸器感染症が流行するのでしょうか? その背景には「乾燥」があります。
冬の季節は気温の低下とともに空気中に含まれる水分が減り、湿度が下がります。一説によると、日本の冬は世界の著名な砂漠並みか、それ以上に乾燥しているといわれ、乾燥を好むウイルスにとっては増殖する絶好の環境なのです。

たとえばインフルエンザ・ウイルスは感染した人のせきやくしゃみの飛沫にのって周囲に飛散します。このとき空気中に水分が多い――つまり湿度が高い場合は、ウイルスも空気中の水分を含んで重くなり、地上に落下して不活化(活動を停止すること)します。しかし、乾燥している環境下ではそのまま空気中を漂い続けることがありますし、いったん地上に落ちても再び水分が抜けてホコリと一緒に空気中に舞い上がり、感染源となってしまうこともあるのです。
そらいろ耳鼻咽喉科 センター北駅前院 院長。私立開成学園、東京慈恵会医科大学卒業。東京慈恵会医科大学附属病院耳鼻咽喉科助教などを経て2021年より現職。「内視鏡下鼻副鼻腔手術後の音声の変化の検討」の研究にも注力。
乾燥する季節の感染対策は「のどケア」が必須
そうした呼吸器感染症にかからないためには、どんな予防策をとればいいでしょうか。
予防には3つの段階があります。①ウイルスの侵入口である「口・鼻」をマスクや手洗いで防御すること、②ウイルスを体内に入り込ませないために、のどのバリア機能を強化すること、③ウイルスが体内に侵入した後に、免疫によってウイルスの増殖を防ぐこと、の3つです。

①については、皆さんが励行しているマスク着用、手洗いを続けることが肝心です。マスクは公共の交通機関など「混雑して換気が悪い」環境ではしっかり装着し、屋外や換気設備が整っている施設では外すなどメリハリをつけるといいでしょう。手洗いは物理的にウイルスを洗い流し、感染を予防する効果が科学的に裏づけられています。もちろん、手指のアルコール消毒も有効です。
私は②の対策を「のどケア」と表現していますが、これはのどのバリア機能を担う「線毛(せんもう)」のケアを指します。線毛とはヒトののどや鼻から肺へと続く気道内粘膜の表面をびっしりと覆う繊維状の細胞で、互いに協調して小刻みに動くことで周囲の粘液にさざ波を起こし、のどに侵入してきたウイルスをのど元まで押し戻す働きがあります。のど元まで運搬されたウイルスは、せきやたんとともに体外に排出されるほか、唾液と一緒に飲み込まれ胃液で分解されます。
ところがこの線毛は乾燥に弱く、のどの中の湿度が下がると粘液が減少したり粘度が上昇したりして、ウイルスや異物を運搬する機能が低下することが知られています。それこそ砂漠並みに乾燥している日本の冬だからこそ、この線毛細胞を潤すのどケアの役割はとても大きいといえるでしょう。

のどケアの方法は「加湿、うがい、水分補給」
のどケアの方法は室内の加湿、うがい、そして水分補給です。このうち最も効果が高いのは水分補給で、うがいだけでは届かないのどの奥の線毛細胞の乾燥を防ぐために、こまめに水を飲むようお勧めしています。ジュースやスポーツドリンクなどの清涼飲料水は、さまざまな含有成分が肝心の水分吸収を妨げてしまうので、ペットボトルの水や適温の白湯を水筒に入れて持ち歩くといいでしょう。うがいの目的は、物理的にウイルスや異物を洗い流し、口腔内からのどの乾燥を防ぐことです。一般には外出先から戻ったタイミングのうがいが推奨されますが、感染予防という意味では、口のなかが乾燥している寝起き直後や、人混みに出る前の予防的うがいで口とのど元を潤しておくといいと思います。
のどの「乾燥スパイラル」を断ち切るために
のどケアを中心とした感染対策にはもう一つ、のどの乾燥から始まる「のど乾燥スパイラル」を断ち切る、という重大な目的があります。
先ほど乾燥がのど粘膜のバリア機能を弱めるという話をしましたが、排除されずにのどに居座ったウイルスは、のど風邪を引き起こします。のどの周囲に炎症が広がれば線毛細胞が損傷し、死滅していきます。のどの痛みやせきといった風邪症状は、炎症が生じている証拠なのです。
いったん死滅した線毛細胞が再生するには、3~4週間が必要です。するとこの間に、のどのバリア機能の隙をついて、ウイルスや別の病原菌などが次々に侵入してきます。その結果、乾燥した環境下での再感染と炎症が繰り返され、バリア機能がますます低下するという悪循環――「のど乾燥スパイラル」に陥ってしまうのです。
のどの痛みや違和感などが3週間以上続くような状態は、慢性喉頭炎や慢性扁桃炎と呼ばれ、重症化すると内服薬による治療や時には手術が必要になることもあります。また近年は、慢性的なのどの炎症が全身の倦怠感や睡眠障害、さらには腎症や関節炎といったさまざまな全身症状を引き起こす可能性が指摘されるようになりました。
つまり「のど乾燥スパイラル」に陥らないよう意識することは、感染症の予防にとどまらず、炎症の慢性化を防ぎ、全身のケアにもつながるわけです。空気が乾燥する冬季だからこそ、こまめな水分補給によるのどケアが大きな意味を持つのです。

ウイルス侵入後の対策の鍵は食事と睡眠
それでもウイルスの侵入を許してしまったら……。
そのときは、③の「免疫」がものを言います。特に風邪症状を長引かせる「のど乾燥スパイラル」を断ち切るには、栄養バランスのとれた食事と十分な睡眠を心がける必要があります。
まずは一日のなかで免疫系の基盤となるタンパク質、脂質などを十分にとれるように、肉、魚、野菜、果物をバランス良く食べることを心がけましょう。
最近は免疫細胞の活性化に働く栄養素の解明が進み、ビタミンA、C、Eなどの抗酸化ビタミンや母乳に含まれるたんぱく質である「ラクトフェリン」の働きが注目されています。特にラクトフェリンはのど粘膜の乾燥感を軽減する可能性も指摘されており、のどケアの一環としてとり入れるのも一案です。
また、忙しいビジネスパーソンはどうしても睡眠不足になりがちですが、パフォーマンスを発揮するには「睡眠」が最優先事項、もしくはそれに近いことを意識してください。
食事・睡眠という健康の基本をなおざりにして風邪を引き、「病気を治すこと」がビジネスや生活上の最優先事項に取って代わられるようでは元も子もありません。定期的に「睡眠の日」をスケジュール帳に書き込み、睡眠不足の解消をルーチン化するといいと思います。
この年末年始も適切なのどケアと免疫機能の維持で健康にお過ごしください。
