数学は善悪ではない

ですから大人に「0で割ってはいけない」と言われてしまうと子供はそれを大人が(主観的に)決めたことなのだと勘違いする恐れがあります。数学は善悪(主観的)ではないので「いけない」という表現が不自然なのです。

●0で割るわり算
aが0以外の場合は、a÷0は存在しない。
aが0の場合は、a÷0は無数に存在する。
したがって、わり算a÷0は定義されない。

このように答えを返してくる電卓があってもいいと思います。60÷0には「存在しません」、0÷0には「すべての数」と返してくる電卓アプリです。

ちなみに、Linux系OSであるUbuntuのアプリ「電卓」では「ゼロ除算は未定義です」と表示されます。これまでに見た電卓の中で最も正確な表現です。

「定義される・されない計算」を考えるきっかけになる

桜井進『人生は数学でできている 恋愛、戦争、うわさ……すべてが解ける!』(中公新書ラクレ)
桜井進『人生は数学でできている 恋愛、戦争、うわさ……すべてが解ける!』(中公新書ラクレ)

ところで分数の四則のルールはほかの計算とくらべて独特です。たし算とひき算は通分して分子同士のたし算・ひき算をするのに対して、かけ算・わり算は分子同士に加えて分母同士のかけ算をします。なぜそのように決まっているのでしょうか。それは定義される計算としてデザインされているからです。

「計算が定義されない」なんて教科書にはでてきません。それはそうです、小学校から高校までに習う計算のすべては「定義される計算」だけなのですから。わざわざ答えが1つに定まらない「定義されない計算」など学校では扱いません。結果として「定義できる計算」だけが教えられているということです。

だから安心して分数の計算ができます。本当はいちいち説明できるのですが、残念ながら学校でそこまでふみこむことは容易ではありません。高校数学でもそのことには触れられません。

ということで、0で割るわり算の問題は「定義される・されない計算」を考えるきっかけになるという意味で「いい質問だ!」といえるわけです。小学校で習う算数に「なぜ」「どうして」という疑問の眼差しを向けることで教科書には書かれていない風景に出会うことができます。