1970年、京都府向日市で1台の自転車を営業車として事業をスタートした小さな会社、それが佐川印刷の原点だ。その後、“状況に先んじて常に次の一手を打つ”との事業方針で多くの新規事業を手掛けてきた同社は、現在、自治体や企業から各種業務を請け負うBPO事業でも高い評価を得ている。固定観念にとらわれない事業展開で成長を続ける佐川印刷の原動力はどこにあるのか――。木下寧久会長に聞いた。

「できない」と否定せずプロとして解決策を探る

――創業から55年、これまでの歩みで佐川印刷の転機となった取り組みを教えてください。

木下寧久(きのした・やすひさ)
木下寧久(きのした・やすひさ)
佐川印刷株式会社 代表取締役会長
1965年京都府生まれ。情報処理会社、独立系経営コンサルティング会社を経て、2012年に当時子会社のJTB印刷監査役となる。13年佐川印刷専務取締役に就任。同代表取締役社長などを歴任し、25年より現職。

【木下】1983年、宅配便の送り状にバーコードを導入したのは佐川印刷の企業姿勢を方向付けた重要な取り組みの一つです。目的はコンピューター処理による運賃計算や貨物追跡の効率化。今で言う配送伝票の“DX化”で、当社とお客さまによる共同開発でした。

また、90年代には滋賀県の日野工場にグラビア印刷を導入し、オフセット印刷を上回る高度な色再現性と圧倒的な生産力を獲得しました。大部数の通販カタログをいかに迅速に納品するかという課題に応えるべく、印刷から製本、ラッピングまでを完全に社内で行える一貫生産ラインを構築したことで、事業の可能性も広がりました。

――新たな取り組み、事業を始める際、大事にしていることはありますか。

【木下】当社には創業者によるビジネス訓がまとめられた10カ条の総則があり、その中の一つで「『できない』『むり』『むずかしい』と云う言葉を追放し、プロとしての工夫を示せ」としています。お客さまの要望、さらにその一歩先を捉え、プロとして何ができるか、どうすればできるかを考える。その積み重ねが当社の事業領域を広げてきたともいえます。最近では、フィルムの生成から印刷、加工までを行う軟包材事業、デザインから製函までを行う紙器のパッケージ事業などにも進出しました。

――顧客や社会のニーズが佐川印刷を成長させてきたわけですね。

【木下】はい。何事も否定から入らず、挑戦する。そうした姿勢が組織全体に根付いていることがやはり私たちの強みです。そして、その挑戦は「印刷」の領域にとどまりません。例えばお客さまの販売促進をサポートするなら、印刷物だけでなく、映像制作やウェブデザインなども必要となるため、現在当社はそうした機能も備えています。また、長く関わっている物流の分野では、RFIDタグを用いた在庫管理システムなどもお客さまに提供しています。印刷事業を土台としながらも、思考の枠を設けず、柔軟に発想していく。それはまさに、現在力を入れているBPO事業においても私たちが大切にしていることです。

自治体関連の業務にもこれまで数多く対応

――BPO事業に注力するようになった経緯を聞かせてください。

【木下】元々パンフレット制作時に掲載内容を電話で確認するため、コールセンター業務を担ったのが当社のBPO事業の始まりです。その後需要が拡大したのは実はコロナ禍でした。自治体による給付金事業やワクチン接種に関わる業務について相談される機会が急激に増えたのです。相談内容には申請書などの印刷ももちろんありますが、その他申請内容の審査や不明点の電話での問い合わせ、またワクチン接種会場の運営なども含まれていました。そうした要望に応えながら、体制を強化してきたのが当社のBPO事業です。

今、民間企業においても人手不足は深刻。コア業務に集中したいというニーズは非常に強く、今後もBPO市場は伸びていくことが予想されます。そこで当社が創業55周年の節目に新設したのが「埼玉コンタクトソリューションセンター」(埼玉CSC)です。

外観写真(埼玉CSC)
2025年4月に稼働を開始した「埼玉コンタクトソリューションセンター」(埼玉CSC)。創業来、55年にわたって培ってきた知見と技術を結集したBPO事業の新拠点だ。

――埼玉CSCの特徴や位置付けを教えてください。

【木下】印刷物のアウトプットが基本にあるため、工場と一体化した拠点というのが第一条件で、データを基に印刷内容を1枚ごとに変えられるバリアブル印刷に対応するデジタル印刷機を導入しています。その上で、埼玉CSCではコールセンター業務やデータ入力、封入封緘などをワンストップで提供可能です。最新鋭のデジタル印刷とBPOソリューションを融合した、当社としてこれまでにない“情報加工拠点”となっています。

佐川印刷のBPO事業
佐川印刷のBPO事業は、デジタル印刷機を用いたバリアブル印刷(1枚ごとに内容を変えられる印刷)を中心に、その前工程や周辺領域の多彩なサービスで顧客をサポートするのが特徴。顧客の要望に応じてサービスを柔軟に組み合わせ、最適なソリューションを提供する。

――BPO事業においては、セキュリティー体制の整備も重要になります。

【木下】私たちは印刷会社としてかねてお客さまの重要な情報をお預かりし、近年はグループ内のシステム開発会社で個人情報も多く取り扱ってきました。そうした経験を生かし、当社はすでに関東ブロックにおいて情報セキュリティマネジメントシステムの国際規格「ISO/IEC 27001」の認証を取得済み。今後、その範囲を着実に広げていく考えです。

変化を恐れず前向きに挑戦を続けていく

――顧客からの評価の声にはどのようなものがありますか。

【木下】「ここまでお願いできるんですね」。おかげさまで、そうした声を多く頂いています。BPOでも販売促進でも、お客さまの要望はそれぞれ異なります。多様なサービスを組み合わせ、個々に応じたソリューションを提供できるのが佐川印刷です。加えて、先にお話しした総則には「常に120%の付加価値のある仕事をめざせ」との言葉もあり、それが社内に浸透している。営業だけでなく、現場の社員がお客さまの所に直接出向くことも多く、こまやかな対応も評価を頂いています。

――最後に今後の抱負をお願いします。

【木下】10年、50年、100年先、今後も事業環境は大きく変わっていくに違いありません。そうした中で佐川印刷は変化を恐れず、前向きに挑戦していく集団であり続けたい。これが一つの決意です。埼玉CSCもその大事な舞台に他なりません。BPO事業を成長軌道に乗せることは経営者である私の重要な使命。この挑戦をしっかりリードしていきたいと思います。